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騎士団長殺し第一部を読み終わり

戯言

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 ちっとも我慢できずに一気読みしました。だいたい3、4時間ぐらいで読めました。この時間、タイムスリップしたみたいに一瞬だった。ああ、良い読書時間って素晴らしいなあ。

 物語のネタバレはありません。だってまだ全部読んでないしね。だからネタバレを求めてきた人ごめん。

 じゃあ今日はなにを書くのかって、そりゃ物語とはなんたるか、です。イデアとメタファーってサブタイトルにもなっている単語だもの、触れずに語れないよ、きっと。

 本好き芸人さんのアメトーークの記事を読みました。私は又吉さんと光浦さんまったく趣味が合わないなと思いました。カズレーザーさん、若林さんと合う。嬉しいような、嬉しくないような。又吉さんの小説に対する姿勢とか視点は大好きなんだがなあ、なんでそれ読んで面白いと思うんだろうって思うんだよねえ。

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 本なんて嗜好品といえば嗜好品。だからどの本が好きであろうと個人の趣味なわけで、でも趣味が似ている人って勝手に親近感もつわけで、応援しようかなとか、ちょっとテレビ見てやるかって思って行動したりして、人間って本当にポジティブで前に向いて生きるようにできてるんだなあと思います。人間って、っていうか「人間の脳」って。

 私は20年ほど前に春樹を読み始めて、苦戦して苦戦して何度もチャレンジしてようやく描いている世界を掴むことができたんだけど、塩鯖ったら一発でできたんだよね。これは日ごろから筋トレしてる脳みその部位の問題か? と思ったけど、ちょっと違うと最近思うようになったのよ。じゃあなにが違うかって、期待度だよ。

 私は小説には「こうであれ」というものを持っていて、だから期待値に達していないものや、的外れなものに対して、すごく理解しようと努めるわけ。なぜこの作者はここでこのシーンを描く必要があったのか、とか、こうした人を登場させる意図は何かとか。

 小説そのものはメタファー(隠喩)である。もっと分かりやすく言えば「嘘話」である、ということが大前提で、そのうえで「なぜその嘘をつく必要があったのか」ということを考えるわけです。そのとき、私の期待値を裏切らない作家(作品単位じゃだめなんだ、一貫性がないと人として信用できないんだ)であってほしいと願っている。その期待度が邪魔をして、私の脳みそを物語が通過するとき、寄り道とか迂回とかいろいろあって、たどり着くのに時間がかかる。

 そんだけのことだった。だから宮沢賢治の読み方を教えてもらった時は、目から鱗ならぬ脳みそから汁みたいな、顎が抜けそうってくらいに愕然とした。

 まぁ、それを知った今でも、私の本を読む意味とは、その中にいる自分に出会うことであり、それはいつだって予想の範囲内ではおさまらないこと。言い換えれば冒険。ここんところは変わってない。より効率的に質の良い冒険をしたくなったくらい(笑・これが本を読まなくなった一番の理由だなあ)

 だいたい春樹の本を読んだらこういうこと考えるねえ、私。

 新刊のこの本は、メタファーの風の中を私の想像力の翼が大いに、意図する方向に、伸ばすだけ伸ばして(むしろまだそれほど伸びたかと自分が驚くほどに伸びて)、思っていた自由よりもまだ先の自由があった、と感じさせてくれる本です。

 あえて似てる作品としたら、海辺のカフカかな。もちろん、春樹の小説に欠かせない象徴のあれこれは(血を流すとか、セックスするとか、扉を通過するとか、巨大なシステムに対して個人ができることとか)出てくるけど、うーん、そうだねえ、人間の欲や、人の成長を描いていない小説ってあるでしょうか。そんなところです。いちいちセックス描写に欲情できるっていいなあと思います。

 というわけで、前編の感想は太字のところです。ちょっと用事がいろいろあるから続きは読めないけど、日々のストレスを忘れて飛び回れるこの世界が手元にある喜び。本当に今の時代に生きててよかったなあ。春樹さんありがとうー!!

すぅ~とぉ~れぇ~すぅ~がぁぁぁぁぁ

戯言

 男をダメにするっていう歌あったよね。なんかこう、苛立ってます。女子の日が近いからか、気にくわないニュースが多いからか。

 プレミアムフライデー、ニュースで持ち上げすぎです。何だこのプロバガンダ。プロバガンダって言葉久しぶりに使ったわ。プレミアムな福利厚生を受けられる環境の私たちですよっていう意味かと思った(人間がねじくれている)。

 春樹の新刊出版の様子、きもい。なんでもイベントきもい。一人ではできないことでも集団でならやるって、酔っ払いの集まりみたい。「やっぱり春樹だなと思った」って誰の本を待ちわびて買ったんだよ。

 飲めない人を飲み会に誘うのもめんどい。飲まなくてもいいんですって、って酔っ払いが嫌いなんですって。飲んでるからいろんなハードル下がってると思ったら大間違いだぞ。私はいちいち「ああ、酔うとこういうこと言うんだ。ってことは、心底ではこう思ってるんだ」と思いつつ話を聞くから死ぬほどストレス。タガを外すなら人がいないところですればいいのに。

 自意識過剰病が多すぎてめんどい。マスクが外せないんです、じゃあ外さなくていいんです。引きこもりなんです、出てこなくていいです。そういうこと言うと「強い人だから」って言われるけど、生まれたときからこんなじゃなかった。

 頑固さは損だなと思うことは本当に多いけど、尻軽になんでもいいねいいね言いたくないからFBってなんでやってんのかな、って時々思う。最近ニュースフィード代わりにもならないからやめよ。

 人間の強さは心の狭さと関係しているのかもしれないなって思う。それは強さじゃないよ(だって映画で言ってた)みたいな声がきこてきそうだけど、おおむね他人に興味がないから、可も不可もなくって(=許容しているってこと)、うん、ただ率先して関係ない興味ない問題に頭を突っ込みたくないだけなんだな。




 すごい、すごい自分。なにもかもが、こんなふうに穿って耳に届く。こういう日もあるんだなと思うけど、なんだかもうイライラしてていやだなあ。

 最近、突発的な、本当に予想だにしていなかったいろいろに出くわして「ひいいいい」ってなってる人が多い。私はというと、まるでそういうのなくて(勘が鈍いからかもしれないけど)、ただただイライラしている。

 一触即発のほうが不可抗力だって思えるから楽かもしれない。ニュース消そう。FB閉じよう。ああ、めんどくさい。

グループの由来

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「生きることは物語を作ること、それは哲学すること」をおっぱじめたのは私です。こんばんは。

非常に今更だけど、このブログのどこかに書いてそうだけど、ブログの記事のトップに厚かましく宣伝貼ってるので書いておこうかと思いまして。

お馴染みさんには「もー、今更?」か「えぇー、またそれ?」だろうけどね。いっつも同じこと言ってんの私は。

生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)

生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)

ユングさんとか河合隼雄さんとか、すごい人たちの言葉をつなぎ合わせて「こういうことが言いたいんだ」って書いたとして、それは私の言葉じゃないから違うんだよね。どんだけ稚拙でも私は私の言葉を使っていきたい。だからアマゾンリンクだけ貼ってスルーする。

私はずっと人はなぜ物語(小説・寓話・神話)を求めているのかなあと思ってた。自分自身、小さなころから本を読むのが当たり前できてたから、なぜかなんて考えたことがなかった。知恵がついてからは「無知は罪だ」とかいいつつ、読んでた。自分の欲求の根本は完全無視してね。なんて恥ずかしい青年時代。

今の段階で私が「そうじゃないかな」と、確信は持てないもののぼんやりと感じているのは、人は物語で癒されるから求めるんだろうな、ってことです。

物語が人を癒すなんて面倒くさいし難しいよね。それって疑似体験で満たしているってこと? とか思うよね。たぶんそれも入るんだわ、本を読むってことは。でももっともっと、脳みその中身のことだと思うんだよねえ。

神話って、簡単に説明するとあり得ないお家騒動ですよね。でも今なお読まれ続けています。全部に教訓があるわけじゃないし、為になる話してるわけじゃない。不思議だなあと思ってました。

あるとき、私は無理してガルシア・マルケスを読みました。背伸びをする時期って言うのは、いくつになってもあるもんだと思います。そんな無理めな読書の最中、突然「おおお! そういうことか!」とたどり着きました。それはね、この中のどこかに自分がいるってことです。

私は、人が物語を欲するのは、物語の中の自分に出会うためだと思いました。

物語の中の自分を見つけて追体験することは、あるときは自分を鼓舞することだったり、またあるときは慈悲を向けて慰ることなんだろうと。自分で自分を補完する作業をしていること、それが物語を必要としている理由の一つだと思ったんです。

あと、絶対に人は人生という物語を描きながら生きている。何かを見て感動することも、誰かと出会って揺れることも、一人で自分だけの言葉で、自分だけの気持ちを温めることも、すべて自分の物語を自分で作って、自分を補完しつつ不完全ながら何とか生きているんだと思うんです。

人によっては誰かの存在がなければ補完できないと感じているかもしれない、人によっては何かに接していないと補完できないと感じているかもしれない。あるいは、一人でこそできると思っている人もいるかもしれない。そんなことに優劣はなくって、人は生まれてきた以上生きる欲求がある、そのことが「物語を作ること」なんだろうと思ってます。

だからこのグループ名。漂うことが好き(結論を出すのが嫌い)とか、結論を出さねば意味がないとか、いろいろやり方はあるだろうけど、絶対に否定してほしくないのは「生まれてきた以上生きる欲求がある」ということです。

自殺は簡単にできると思う。誰かが、家族が悲しむから、っていうのは体のいい言い訳。本当は悲しませたくない自分がいるはず。すべて自分で責任を負うことが、生まれてきた意味、生きる意味だと思う。なので、TNKISMもこのグループも、そうじゃない人はこなくていいって思ってます。

生まれてきたのは自分の意志じゃないもん、と思うかもしれない。誰だってそうだよ。でもどうせ死んじゃうんだよ。じゃあ、いつまでもスタート地点に文句言ってないで、先に進もう。



一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

ちなみに私が挫折して、塩鯖が読んだこの大作。塩鯖が「面白くない」という本を初めて見ました。私がもう一度この本を手にすることがあるのだろうか。

土曜日に、春樹の新作が届きます。

哲学カフェに行ってきた話

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 相変わらず、意味の分からないアクセスが来ていますね。なんですかiPhoneでここをしこたま見ているあなた!! そんなおもろいこと書いてないだろうが!! 陰でひっそり、誰の受けも狙わないものをせっせと書くのが楽しいのです。ちなみにここ、月間1000アクセスですってよ。もうね、主に一人の人だから怖いよね。

 あ、そうそう、先日3%と91Daysを見終わって、そろそろヒンターランドも見終わるんですよ。ブラックミラーは最新ものまでは見終わっている。こんなだから、海外ドラマ専用のブログでもやろうかと思ったりはしてました。広く浅く網羅するサイトじゃないっていうのがポイントです。

 さて、先日哲学カフェに行ってきました。尾道で開催されたものです。美味しいコーヒーを出してくれるカフェで哲学談義。12名の人が集まりました。

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 今回は初めましての方も多かったそうですが、何を隠そう私も初めましてでした。だから膝がガクガク笑ってました。すみません、小心者なんです。

 テーマは「私たち人類は、進歩しているのか?」というものでした。私の答えはもう出しているんだけど、答えを出すとか出さないとかじゃなくて、私としてはいろんな人がどんなことを考えたのかを聞く場、として楽しみでした。だってそんなこと日常で考えないじゃん。進歩だろうと退化だろうと、生きてるものは生きてるんだし。

 ちなみに、私のテーマに対する考えはこんな感じ。

私は、神的視点から考えると、退化する部分もあるだろうと思っています。このまま人間は進歩を続けていくと、どんどん卵に戻っていくような、2001年宇宙の旅スターチャイルド的なものになるんだと信じています。退化なのか進歩なのかわかんない。だけど、私個人としては常に進歩し続けていると思うし、そうであると思いたい。

端的な言葉で表現すると、「今日の私より明日の私のほうが優れていると思いたい」ということです。なんかダサくてかっこ悪い(笑)でも事実こう思って毎日過ごしています。

昨日できたことが今日はできなくなるかもしれない。だけど昨日の私ができなかったことを、今日の私はやってる、みたいなね。そういうものの積み重ねで、人生はスパイラル状に上ってゆき、私が死ぬときには、生まれたときの私ではなくなっている、同時に生まれたときの私に戻っている。精神的な死とは、「私」という人生を「打ち立てる」ことでであってほしいな、と思っています。

「進歩は良いことか?」ということについては、私は基本的に良し悪しを判断しない(好き嫌いは当然判断するけど)ようにしているので、いいも悪いもないんじゃないか? って思います。誰かにとって良いものは、誰かにとって悪いものだってこと、往々にしてあることだしね。自分が心配することは、自分の両手の範囲だけって決めてますから。

 哲学カフェそのものはとても有意義な時間だったし、面白かったし、興味深いものでした。進行役の女性はとても賢いんでしょうね。話を聞きながら、まとめて、疑問や矛盾は良いタイミングで指摘する。それがあるから混乱せず、また混戦せずに会話が進んでいくんだもの。

 いるだろうなーと思ってたら、やっぱりいたー!! というタイプの意見もあり。自分の問題を人類の問題に置き換えるタイプの言い方をする人ね。それ自体は非難も否定もしないんだけど、問題を本気で解決する気はないんだろうなあって思う。だってすっごいバカでかい問題にしちゃって「どうしようもないねえ」的なところに落とすのってそういうことじゃない? 

 私は人ひとりが抱えられるだけの問題を抱えていけばいいと思っているし、人類の為に憂えたり行動を起こしたりする人がいたとしても、地球の半分を、いや1/4でも一国でもいいわ、「よいしょ」と動かせるわけじゃないだろう? じゃあ自分のできることをできる範囲でできる限りやるのが誠実ってもんじゃないか? って思ってますんでね。

 総じて「より良くするための行動を進歩と呼ぶ」という意識のもとでやってたと思うんだけど、その「より良い」の多くが「争いのない世界」を指していたことにも驚き。そんなもん出来ると思ってんのか(いや、相当難しいという認識はみんなある)。私はけっこう雑なので、オリンピック選手が「金メダルとりたい!」と思うことと、テロリストが「あの国には負けたくない!」と思うのとの、エネルギーの違いなんて分からんので一緒にするんです。エネルギーの発散の方向ややり方が違うだけで、エネルギーそのものは一緒でしょ。

 闘争というエネルギーが殺人という罪を犯す可能性があるからエネルギーを淘汰しようとしているようで、気持ち悪いなあと思いました。そんな性欲も物欲もない干からびた世界なら私は生きる意味が見つからないね。あるいはスターチャイルドにさっさとなっちまいたいね。

 結論としては結構理想論を語る人が多いんだなあと思いましたね。私みたいにダダ漏れな人はいなくって、争いのない世界のための理想的な人類の進歩を望んでいるような(いや、私だって一応そういう理想はあるけど、現実にできもしないことを語るだけなんて欲求不満になる(笑))。

 そして技術の進歩を忌み嫌う傾向があるんだなって思いました。まぁ、原子力発電所がああなっちゃうとねえ。でも、だからって原子力エネルギーなんてなければよかった、とは思わない、私。あの莫大なエネルギーをコントロールするために人間としての自制心や危機管理能力や平和の意識などなど、理想的な人間が持っているすべてを習得する努力をする必要があるんじゃないのって思ったくらい。

 ある人が「昔の人は火おこしができたけど、自分はできない。退化している」といったけど、代わりにマッチやライターやチャッカマンがあるじゃあないですか。文明が生んだ道具はそれまでの人たちの苦労から生まれた知恵の塊だから、使わない方法を称賛するのは、使う側のメランコリックってやつだよ。

 とてもとても、超否定的なことばかり書いてますけど(すみません、全然嫌いじゃないし、むしろ考えるきっかけをくれてありがとうと思ってる。性格が悪いだけです)、あの場や時間はすごく有意義で、本当に楽しかったです。

 次は「疑わしきは罰せず、は可能か?」です。私は「疑わしきは罰するにすればいい」と思ってます。李下に冠を正さずだよ。あらんことで疑いをかけられたら、甘んじて罰を受けますとも。それが平等ってものです。

函館最終日

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かなり遅ればせの函館最終日。こんばんは。

函館から帰って一週間、バタバタしっぱなしで経過しています。なにに忙しいのかよくわからない二人。

さて、函館国際ホテルの朝ごはん。


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私はラビスタ函館ベイより国際ホテル推しです。美味いなー、もー、北海道美味いなー。すし飯があるとはテレビで見てたが、すし飯がこんなにありがたいとは! そして芋が丸たまだ!! 

実際、朝食のみなら大差はないです。あとは好みの問題かなー。

この日は早々にバスで函館空港に移動したので朝ごはん少な目です。悔しい。

この日、明け方に雨が降っていたけど、珍しいほど日本が暖かかった日でした。だから雪も溶けてるところがあったくらい。天気は昼から大荒れになるらしかったので、ギリギリセーフ。

実際飛行機はかなり揺れました。

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こんな空色だったね。去りゆくとき、T2の名台詞を残してゆきたくなったが年齢バレるわ。でもまた必ず行くからね。

羽田空港では気温15度。尋常じゃない暑さ。暑すぎて私は蕎麦を食う(そして後悔する。身体が出汁を欲していたのに、暑くてぶっかけにしたから塩辛い)。

乗り継ぎは順調にいって午後早い時間に高松空港に到着。こちらも暑い。長靴がとてもとても浮いている。

帰宅後、土産の整理をするがお互い会社の分だけなのですぐ終わる。

あとはひたすら写真の整理。ちなみにまだ終わってません。

帰りの飛行機で塩鯖が窓に張り付いていたのが可愛かったです。一生懸命なのよね。おばさん窓側変わってあげて良かったって思ったもの。

 

今回、自分ち用に買ったお土産は六花亭のバターサンドとメロンチョコ、あとなんかお菓子…食べたら忘れた。あとは鮭とばラッキーピエロガラナと缶コーヒー、カレー2種。メロンゼリーもあったな。なんだかんだと多いですね。

 

お陰様で体重が確変モードに突入してます。後戻りしないとヤバイ。とてもヤバイ。しかし会社でもバラまいたチョコがちびちび戻ってきてダウンの予兆なし。

そろそろ真面目にダイエットします。

しかし函館素晴らしかったわ。次は十勝、網走、稚内に行きたい。豪雪地帯にも行きたい。果てしなく雪に憧れる雪なし県です。

 


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帰宅してしばらくうどん食ってないってことで、うどん食べました。ここの天ぷらやっぱり最高。


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あと、骨付鳥もね。

食べ納めてからダイエットって一番大変なのかもしんないね。やれやれ、どうしたものかな。

 

一月は美味しい三昧でした。

おしまい。

函館駅二日目

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おはようございます。昨日と同じ時間に同じ回数起きました。寝たのが早かったからかなぁ? ここは昨日より暑くないです。函館国際ホテル。

昨日の教訓に窓の鍵を開けてもらっていたのだ。ほほほ、快適快適。こたつでアイスよりずっと贅沢です。ホカホカだけど窓開けたら冷蔵庫よ。何か降ってると思って手を差し出したら雨? 雪でなくて? スマホ天気予報では2度なので、雨かもしれません。

さて、昨日を遡って。

まずは朝食。噂に違わぬゴージャスで美味しい朝食でした。スタートから並んだので余裕で入れる。むしろ5分遅刻の方が並ばずに入れただろう。


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お決まりのイクラ丼。ホタテの味噌汁も美味。取りすぎると後悔するぞと自分に言い聞かせつつ、どれも少量です。

イカのしおからが美味い!! 芋に載せてかっ食らう。イクラはここのが確実に美味かったです。

朝食がゴージャスだとなにがいいって、名物食いに奔走しなくていいこと。そしてブュッフェだから好きなものを好きなだけってのが最高です。

飯後、塩鯖は二度寝。私はやっぱり温度に負けて眠れない。雪景色を眺めつつ八甲田山の記事を読む。雪景色見てたらね、あの辛い話を見たくなったのよ。

雪が珍しくて嬉しい雪国初心者だけど、本当に雪って怖いんだよね。四国じゃ酔って道端で朝を迎えても、寒波到来でなければ風邪引いて起きるくらいだもんね。なんて温いんだ。

そして10時ごろ、うだうだと重い体を起こしてチェックアウト。11時までいられるんだけど、朝市行きたかったので。


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はいはい、お上りさんの登場よ。

男でないので客寄せに声をかけられることのない私は喜んで全部立ち止まり、試食する。あとで知ったけど、向かいも隣も同じ店だったんだね……。てっきり隣向かいも全部ライバル、置いてるものも違うものと思っていたよ。

ここでは家族にお土産を直送で買う。送料2000円超え、あえぎ無茶な値切りをする。自分に母の血が流れていることを感じる。

昼頃になって塩鯖は海鮮丼を食べる。私はイカの刺し身。函館の海鮮は美味いんだが、朝も昼もは食べられない。すまぬ、うどんならぎりぎりまで食べるのに。

お腹いっぱいだねーって店を出た瞬間にとうもろこしに吸い寄せられる塩鯖。お前胃袋どうなってんだよ。

なだめて高いハウスメロンで手を打つ。これが美味だこと美味だこと!! 生アイスさながらです。

その後、土方歳三最後の地へ。場所はよくわからんが近いらしいと歩く。てくてくてくてく。塩鯖、目的地に向かい出すと喋らない、振り返らない。なにか考えながら歩いているんだろうね。

土方歳三最後の地に到着。写真はあとから載せます。この日は塩鯖が頑張って写真撮ってたの。

福祉センターで一休み後、駅まで戻って啄木土方浪漫館へ。タクシーの運ちゃんに「あそこは誰も行かないよ」と言われる。なんか分かる。


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津軽海峡。なんだろうな、とても明るかったんだけどこの写真。圧倒的に日照の弱さを感じる。こちらの人は皆色白だしな。トンネルは近いんですか? といかにも素人な質問をしたりしつつ、浪漫館へ。浪漫館は塩鯖の大好物でいっぱいでしたよ。(私はほぼ休憩していた)

ここの帰りからバスで移動。二人ともバスが怖い。慣れてなさすぎるのだ。丸亀市はバス見たらラッキーくらい走ってないから。松山市ではたまに使ってたけどね、駅行きだけ。駅に着くなら迷わない。

函館駅まで戻ったら一旦ホテルへ。朝市で買った鮭とばを置きに帰りチェックイン。部屋広いねー。明るいねー。部屋だけならこっちのホテルもかなり良いですよ。

一息つくため昨日買っておいた六花亭のお菓子を食べる。バラ売りがないからね、嬉々として買いすぎてたのよ。

のんびりしてから赤レンガに向かう。ここでは会社用にお土産を買うため。ブラックサンダー北海道限定をたくさん買ってしまった。あと、妹が間違えて食べた、旦那さんのおやつLeTAOのまああるを買いにね。どの味食ったんだお前は。

買い物街を歩き疲れてホテルへ。もともとヘタレな足腰の私。腰がやばい。

しかし時間は日暮れ。暮れ始めると早いのでバスにのり五稜郭へ。ライトアップされた五稜郭も今回の旅のメイン。


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でかすぎて入り切らない。しかしなんて綺麗なんだろう。こんな綺麗な場所知らない。

函館山から見る夜景とは一味違うが、負けず劣らず素晴らしい360度大パノラマ。

しっかり遊んで五稜郭に入るため降りる。人は少ないよ。函館山とは比べ物にならない。なぜかな? こちらも見応えあるのにな。

五稜郭には入れなかったのでそのまま戻る。帰りは市電でらくらくです。市電には馴染みがあるから乗ると安心する。なにかな、あのバスの不安。ほぼ同じルートなのにね。


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函館駅で塩ラーメンを食べる。たぶん通が通う店も近くにあったのだろうが、疲労気味の私はすぐに不機嫌になるんでね。すまぬすまぬ。後で分かったんだがこの日は10キロくらい歩いてた。

函館塩ラーメン、麺厨房あじさいさんだ。私はざんきもいただく。ざんき、写真なしですがでかいのよ。讃岐の鶏天くらいあるの。それで150円だもの!! ラーメンもさっぱり味でとても美味しかったです。けっこうたっぷりあったのになぁ。昼飯が軽かった私はもりもり食べました。

そしてホテルへ。明日の朝(今日の朝)は7時35分のバスで空港に向かうのでお土産の整理を。スーツケースは土産でテトリスしたのでぎっちぎちです。

そして21時、塩鯖撃沈。22時ごろ私撃沈今に至る。

さちもりさんオススメの場所は今回断念したんだけど、十分しっかり遊び尽くしたと思います。函館、また来たいね、ここなら住めそうだね、って始終話してました。函館の人は優しいし、食べ物美味しいし、手頃な広さで温泉近いし(讃岐が温泉少ないんだべ)。

雪の脅威も知らず、暖房のなんたるも分からないままだけど、なんだろな、函館、札幌より函館。夜が早いのも街が綺麗なのも全部好きだ。

そんなこんなで帰ります。ここの朝食はまたあとで写真撮って追記します。

あと一時間ほどおやすみなさい。

函館の朝

写真 戯言

おはようございます。ここは函館。無事に到着して初日を終えました。

ここはラビスタ函館ベイ。朝食に定評のあるホテルです。朝食は6時20分から。日本一のホテル朝食に期待してます。


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函館山を望む10階の部屋。良い部屋に出会えて良かった。

さて、昨日を遡ってみよう。

早朝に自宅を出発し、函館に着いたのは11時40分。すべて時間通りという、いかにも日本らしいきっちり感。

到着後すぐにタクシーで五稜郭に。


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先日ドラマ五稜郭も見て勉強していたので、歴史背景はばっちり。でもドラマは榎本武揚視線であって、五稜郭そのものは松前藩視点なので、侵略っちゃ侵略……。中学生時代に感じた、誰の視点が正しいのさって気持ちになる。誰の視点でも正解なんだけどね。私は主観が強すぎていけない。

 

五稜郭に来たならば奉行所にも行かねば。函館奉行所はいちど解体されたものを再現したもの。五稜郭タワーから歩いて900メートル。

道中はもちろん雪。四国から長靴で来てたオレ勝利。


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この日、天気は良いものの気温はマイナス1度。四国が、瀬戸内がいかに暖かく、住みやすいところか痛感する。私は、寒いところの方が生きる知恵とか工夫とかするから人も賢いに違いないと思っていたが、四国生まれの四国育ちとなると、そうとうに私の頭もゆるかろうね。


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そんなこんなで函館奉行所。立派!! かっこいい!!


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中はこんなの。床暖で居心地がいい。昔は床暖なんてなかったろうから、広くて寒いところだったのもしれない。しかしそれを差し引いても美しく、立派で、素晴らしい。

もちろん最上座に座って眺めました。

五稜郭内を裏門に向けて歩きつつ、新雪を踏みまくる。ああ、雪が珍しい人っぽい。事実そうです。私の住む街は驚くほど雪も雨も少ない。丸亀市に至っては、向かいが雨でも、隣が雪でも、なんにも降らない。


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裏門に向かったのはこの寿司屋に行くため。旅行を申込ンダツアーのおまけが、寿司2200円分だったのだ。

私は絶対に本州四国ではいくらを食べないが、北海道に来ると食べる。不味くはないけど特別美味くも……ま、そうだよね。愛媛だってどこでも白身魚の刺し身が美味いわけでもないし、香川だってどこのうどんも美味いわけじゃない。

でもイカと味噌系、にしんはびっくりな美味さだったわよ。にしんの生なんて初めての見たわ。

寿司を食べ終え、五稜郭タワーにもどり、徒歩で市内電車に。案外遠い。そして市内電車がぎゅうぎゅう。くじけてタクシー拾う。

旅の初日はタクシーばかりだった。明日はのんびりできるから市内電車の旅にしよ。


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そしてラビスタ函館ベイに到着。これは夜の風景。雪があるから光が反射してとても綺麗。こんなに夜が綺麗だと、夜が特別に思えてくる。

さて、気を取り直して旅の続き。チェックインしたら早々に函館山に。ここはバスでゆく。240円。

ここまては人が少なかった。ここからが絶句するほど人がいた。

函館山にはロープウェイで登る。ロープウェイは100人くらい乗れるのかな? とにかくでかくて安定してる。不安なし。函館山では展望台からの景色が夜景に変わるタイミング。このとき17時くらい。

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最上階からはこんな感じ。しかしな、これすごかったんだよ。


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こんなのだったんだよ。ほとんどが中国の方。なんていうかね、思いやりも譲り合いもない。なので心を鬼にして分け入って撮ってきた。しかしずっとこれは続けられない。と言うことで一階降りる。すると人がまばらじゃない?! 写真撮り放題だわ!! と嬉々として撮った写真がこれ。


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それでも、すぐ隣にいた中国人の方に「すみません」を連呼されてはじき出される。いや、負けずに4,5回はすみません返ししたけどね。すみませんのプロだぞ、こっちは。と思ったが、あちらは大陸からわざわざ来たわけで、いやこっちも孤島からわざわざ来たわよ!! 負けずに押し出せば良かった(そんなことしたら気分が悪いのでやめような)。

悔しい悔しいと嘆きながらさらに一階降りるとまるで人がいない。ヒャッホーしながらひたすら写真を撮る。


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いやはや最高。肉眼で見たらもっと最高だった。最高なれど、人混みがないととてつもなく寒い。室内で暖を取りつつ何度も見た。世界に誇る夜景ってこれか。これはすごいわ。見る価値あるわ。

2時間ほど居座って満喫した。というのも、中国の団体様がいらしてね、とても帰りのロープウェイに乗れない感じだったのよ。

五稜郭ではほぼ人に会わなかったので、観光名所名物となった中国人団体ツアー様をここで堪能する。

で、下山して晩ごはん。タクシーの運ちゃんが教えてくれたご当地名物こラッキーピエロ


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おいしー、これおいしー。ハンバーガーとは言い難いかもだけどおいしー。

店内はさほど混んでなく、だけど列を無視って突撃する中国人にダメよ並んでって対応する姉さんを見る。慣れてますね、さすがです。ニコニコなのにその時だけは怖い顔。イエス、正しい。

晩ごはんを終えてホテルへ。明日は朝イチから朝食に行くというので早く寝る。そして起きた3時半。

 なんでこんな変な時間に起きたかって? 眠れないほど暑いんですよ、室内が。暖房切っててこれかよ、すごいな防寒対策。

汗だくで3回起きたので観念してこれ書いてる。書いてる今も汗ばんでいる。

きっと外は痛いほど寒い。でも今はその寒さが恋しくて仕方ない。

 

もう一度寝ることを試みよう。旅の記録は元気だったら明日も書きます。

おしまい。

明けましておめでとうございます。

戯言

 ずいぶんサボっていました。もう年賀でもなんでもないねえ。もちろん寝正月でした。それはさておき、今年の初詣は京都、昨日行ってきました。

 昨日の京都は、いつもの京都よりは温かったそうですが、まあ普通にざーざー降りの雨でした。そして私にとっては寒い。一緒に行ったのは東京在住山形出身の色白美人だったので、全然これぐらい寒くないさー的でした。マジか。聞けばカイロを貼ったりヒートテックを着たり。私はどっちも装着していない。そりゃ違うよね。

 それよりなにより、一番「これ大失敗」と思ったのが足元。私は履きなれたパンプスで行ってたんだけど、おかげで靴擦れとか足のトラブルはなかったものの、ずぶ濡れのぐちゃぐちゃに。足元の防寒防水なんてほぼ考えたことがなかったなあと気付いた。雪国美人の足元はブーツ、たぶん防水タイプのやつ。さすが雪国育ちだぜ、と感心した。

 実は今月の終わり、函館に遊びに行く。目的は五稜郭だけど、たぶん食い倒れの旅にもなるだろう。

 今回の京都の旅で学んだ「足元の防水防寒は必須」という教訓を生かし、初の長靴を買おうと思います。とはいえ、長靴初心者。帰りの電車の中で必死の検索をしたが、もうどれを買っていいのか分からない。今のところ候補はこれ。

たぶん定番。でも普通にお高い。

さっき見つけた野鳥の会の長靴。機能的には間違いないんだろうなあ。雪国で使えるものか、そして帰ってからの日常に使えるものか(出勤向きではないかもしれない)。

 塩鯖は現地調達の使い捨てにするそうです。それも一つの案だなあと思うんだけど、出勤でも使いたいんだよねえ。


 いやホントに瀬戸内の冬なんて雨が降らないもんなのよ。傘も小さい日傘兼用のしか持ってないしね。いかに人間に優しい気候の中で生活しているかを思い知ったね。

っていうか、家のマイシューズたちがそろそろ全部限界だ。あああ、物入りだ。財布が寂しいぜ。

あり得ない場所の広告

 なんですかはてなさん、ちょっと書かなかったらそんなところに広告出すとかなしですよ。ブラウザの両側にでっかい広告が表示されました。衝撃的です。こんばんは。

 特に何かしていたわけではないんですが、どうも調子が出なかったんですよね。本業が忙しいっていうのがあるかな。なんかもう、いいいいいいいいいいいいい!!! ってなるような仕事が回ってきてて、もうホント、いいいい!! なんですよ。

 そういえば、故インタビューズが本当に故になっていて驚きました。サービス変わっても飛んじゃうことはなかろうよと思っていたんですが、飛んじゃったんだって。データがなくなったってことだよね。いや実際はたぶんシステムエラーでデータは無事だろうけど、復旧させる義理もねえしってことかもしれない。どちらにせよ、サルベージしていてよかったなあって2年後に思ったわけです。あの頃の私は元気だったのか、それともなにかに怒っていたのか。どちらにせよ、今よりもずっと狭い視野で言いたい放題でありました。

 いや、そもそも視野なんてずっと変わらないのかもしれないって思います。人は生まれて成長して成人して(年齢的にじゃなくて、精神的肉体的に)、ある程度の視野を持つことになると思うけど、それはそれ以上変わらないのじゃないかなって思います。集中力と同じです。最大限の熱量は個人にそれほど差がないが、コントロール出来たり、分散させられたりというのは個性の問題であって、集中力そのものはみな平たく平等な才能である、とかね。違うと思うけどそう考えたほうが幸せじゃない。なんか。

 でもそうすると「個体差」ってなにから生まれるんだって思うよね。そのコントロールできないところや、厚みが違うところが「個体差」であって「個性」なんじゃないかなって思うんです。あくまでどこまでも「人」という単位の重さは同じ。だから自分ぐらい他人に、他人ぐらい自分に優しくできたらもっと平和な世の中になるよね。たぶんね。

 最近映画を見る元気もなくて、本を読む元気もなくて、でもうっかり本は買っていたりして、まぁまぁ忙しいです。そのうえ、12月は24日まで予定びっしり。週末は全部埋まっています。すげぇ、歴代のオレで一番すげぇ。でも塩鯖と一緒にご飯を食べられない日が多いのです。ああ悲しい。カップラーメンが進むったらありゃしない。

 アンドロイドは電気羊の夢を見るのかを買いまして、塩鯖が読みました。だからブレードランナーをもう一度見ました。私は本のイーランが最後に取る行動によってすべて救われたと思えるから好きです。映画のほうはそれがなくて、レイチェルとプリスの違いもそんなに描かれていなくて(あの二人は同じだとしたら、人間の好意を得られた方が勝ちっていう悲しい感じになっちゃうよねえ)、だけど世界観が歴史に残るほどかっこいい。そんな風に思っていたんだけど、塩鯖が「人間の悲しさは人間にしかわからない、アンドロイドは感情を感情として汲み取れないからアンドロイドなんだね」って言って、ぐうの音も出ませんでした。

 占星術的に塩鯖は「感情=水」の要素が一つもない人です。感情もデータや「感情というもの」として扱う傾向が強い。でも感情がないわけではなくて、物事の判断に感情を組み込まない人と言うだけです。私は感情の塊の部分があるので、ある意味では「冷たいなあ」って思うんだけど、感情に流されないからこそできたイーランの優しさを思うと、感情ってそもそも飲まれるものじゃないんだなって思えて、同時に塩鯖の優しさの形はこうなんだなって感じ取れて、なんかこう、一粒で3度美味しかったです。

 知らないことが多いというのは、とてもとても幸せなことです。アホになっていってる私。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アメリカ大統領選とか100時間とか

戯言

ちょっと前にいろいろ書いていたんですけどね、まぁいいかと消しちゃいました。こんばんは。今日は塩鯖待ちで起きてます。

アメリカ大統領決まりましたね。あの人を、アメリカ国民が選んだのかと思うと、感慨深いを通り越して「アメリカすげえな」です。メディアは一方的な決めつけではなかったと思う。でもなんとなくクリントンさんが勝つんだろうなと思っていた。なんだかんだ言って保守的な人間が多いだろうと。でも違ったね。

しかし保守的という考え方も、時代の幅をちょっと大きく取れば、今回トランプさんが選ばれたことだって保守的です。オバマ政権に反対していた層がいたっていうこと。

今回の大統領選はいろんな意味で面白かったです。消去法選挙、日本ではけっこう当たり前でしょう。場所が違うと当たり前も随分違って、わかっているけど衝撃は受けるもんだなってことで。

ちょっと前に書いていた記事っていうのは、残業100時間のことです。私はけっこうスパルタでも頑張るタイプですが、生き死にまで仕事にかけようとは思わない。判断がどこまで鈍っていたとしても、何年か(何年も、なケースも多いけど)かければ正気に戻る。

いつも、いつでも、頭にあるのはある人のセリフです。

「自殺は一番簡単な方法だから選ばない」

そうだと思う。簡単さは楽さではない。だから、簡単な選択は楽な選択だとは全く思わない。

私は、簡単さとは、究極の手軽さだと思っている。簡単でいいときと、簡単にはしたくないときがある。人間って面倒だなと、それを思うたびに感じる。でもめんどいものなのだ。そもそも、いまだにロボットは片手で折り鶴を折れないんだから(私は片手で折り鶴なんて折れませんが)。

会社の女の子が、なぜだか自発的に分岐図を書き出した。まさにフローチャート。今やってる仕事は人間様がトリガーの、一定のルールの下で流されているものを拾ってはファイリングするという感じのことなのだけど、人間様が主導のルールなので、お察しの通りほぼルールなんてない。しかし彼女は、何とか、何とかして一定のルールを見つけようとしているのだ。感動して拍手してしまった。でも、無駄な分岐多すぎて、しかもそれが曖昧すぎて、それじゃシステム化できませぬよ。

フローチャートを書くことは、人間ってすごいなって思うことにつながる。すごくたくさんの分岐を経て、人は最善と思う決断をするのだ。その決断の先が手軽さになることは、人間であることを放棄しているようなものだ。そんな選択肢しか残さない社会が悪い、というのは簡単だ。だけど、ごく当たり前の社会人としての責任を果たしたうえで、どんな社会でも言いたいことを言ったり、行動したり、してもいい時代になってるんじゃないかなあって思う。

言いづらいってことは、そりゃ私でもありますよ。飲み会断るときとか。でも、それで空気悪くなったどうしてくれるっていう横暴な人には出会ったことがないです。ちょうど、飲酒運転の取り締まりが厳しくなったくらいから。

以下、ほぼ暴言。

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