生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家4年目~

キッチン

キッチン

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 つい読み返してしまったんですよ。リピート回数最高だろうね、何度目かもう忘れた。

 今のばななはどう評価されているのか知らないけれど、現れた当時は「少女漫画的だ」「拙い」「すぐに登場人物を殺す」とまぁまぁ叩かれたようだ。わたしは思うんだが、あるタイプの小説家はひとつのことしか書けないんじゃないかと。そして彼女は常々生きる辛さと幸福と別れを書いていると思うんだ。死だけが別れじゃないように、別の小説では悲しいけれど必要な別れも書いている。死別と生きているもの同士の別れと、どちらが悲しいかなんて量れないでしょ。

*キッチン

 海燕新人文学賞受賞作品。そしてデビュー作。唯一の家族だった祖母を亡くし、天涯孤独になったみかげに棚からぼた餅が降ってきて小さな再生を果たす物語。人はリセットされない。生まれ変わることはできても、悲しみは放っておいても癒えない。けっこう厳しい話しだ。

 自分が持っていないものに人は惹かれることがある。そのまま生涯を遂げる人もいるだろう。しかし、手が届かないことを思い知って諦めることもある。みかげが昔の恋人に出会うところは切ない。終わりは終わりとしてちゃんと来てしまうものだから。

 人類の歴史というものが長い帯状のものであったとしたら、自分の人生なんてほんの短い単位だろう。でも、その短い中にも希望と絶望があって、絶望を糧にできる人と絶望のまま終わる人とがいる。みかげは強いというより、図太いから糧にした。

 雄一とハガキごっこをしているところがすごく好きだ。「ねるな」「ねてない」というなんてことないやり取りが、後々の人生を救うことになる。そういう時間をいかにたくさん持つことができるかが、生き続けていくエネルギーになる。そう、生きるにはエネルギーがいる。当たり前だった。そしてまた、今回もエネルギーをもらった。ありがとう。

*満月─キッチン2

 今度は雄一がえり子さんを亡くしてしまったところから物語が始まる。みかげは元気になってバリバリ働いている。しかし、二人にとってえり子さんはあまりにも大きくて、失ってからでしか気付けないほどに、いるのが当たり前だった。

 家族を失うということは、誰しも経験する。でも、その別れ方が少し違うだけで、人生が全然変わってしまうんじゃないかと思う。しかし、失うことには変わりがなくて、恐らくその絶望を埋めるための行動はみな似たところなんじゃなかろうか。

 わたしは妹を亡くしているが、一番強烈に覚えているのは初盆の法事の日だ。身支度をしていて、親戚や近所の人がばたばたとうるさいなかで「あ、起こしに行かなくちゃ、あの子まだ寝てるわ」と思った瞬間だった。周りの音が全く聞こえなくて、鏡に映る自分が誰か分からなかった。あれは絶望と呼んでいいと思っている。

 雄一は優しいけれど強くない人なので、みかげにだけ強がる。バカな子だ。でも優しい。えり子さんの思い出を、一番近いみかげと一緒に茶化せないぐらいに優しい。そしてみかげはキッチンのころから変わらず、図太い。

 ライナスの毛布ぐらいに有名な「キッチンのカツ丼」が出てくるのはこの物語だ。あのカツ丼は光っている。人は食べて生きているけれど、恐ろしく疲労したときは光っているものを食べないと甦ることができないんじゃないかな。しかもそれは、ひとりじゃできない部類のことじゃないかと思う。力づくのみかげがすごい。東京からの電話は甘ったるく会話は所帯じみていて温かい。

*ムーンライト・シャドウ

 どこぞで大学の卒業作品だったと読んだ記憶が。泉鏡花文学賞受賞作品。これも別れからの再生の物語。出てくる柊という男の子が可愛い。そしてキーパーソンとなる「うらら」は白河夜船に収録されている「ある体験」の「春」に似ている気がする。

 あ、大雨が振り出した。夕立だ。この物語は、恋人を失ったさつきが少しずつ生き返る、それだけの話しだ。

 辛い出来事は忘れてしまえばいい。でも、忘れられないほど強烈であったら、それは手放そうにも手放せない代物になってしまう。いつまでも持っておくと生気を失うと分かっていても、共倒れになったほうがいいやって思ったりもする。

 この物語に出てくる不思議な女性「うらら」が風邪について言葉をかけるところが好きだ。そしてその言葉まで一段もハシゴをはずさなかったさつきの健全さが眩しい。健全ということは、教科書のような人間であるということと同義ではない。少々不健康でも、覚悟が決まっている人間は健全さは保てるものだと思う。

 柊の「別れ」もなかなか乙女チックだが好きだ。そんな別れ方をしたら仕方ないと思えるだろう。そして次の一歩を踏み出せるだろう。いつの日か、彼がテニスショップの前で立ち止まらなくなるとき、それは人としてひとつの段階を過ぎた、ということで、不義理でもなんでもない。哀しいけれどそうやって積み重ねて、人は生きていくのね、と思う。

 ムーンライト・シャドウではかき揚げ丼が登場する。これもまた光っている食べ物だ。二人で食べるかき揚げ丼はどれほど美味しかったんだろうか。いいなぁ。