王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法

王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法

王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法

 ついうっかり、読み終えてしまった。生活が激変する直前の人に、それが進学だったり、社会人デビューあったり、人生の休憩だったとしても、とにかく「激変」を迎える人に読んでもらいたい。

 平坦な人生というものは、あり得ないと思っている。普通に学校行って普通に社会人になって普通に結婚して今だよ、っていう人にだって、その人にとって劇的な出会いがあると思う。それが人なのか、本なのか、絵画なのかはわからないけど。

 雫石はまた一人になってしまう。楓と片岡さんが海外出張に行ってしまうからだ。そしてテレビを手に入れる。どんどん輪郭がぼやけてくる自分に言い訳をする。しかたがないとか、そこにテレビがあるからとか、都会では気を張っていなくても生きていけるからとか。

 がんがん言い訳しながら弱っていく雫石は、それでも言い訳するぐらいに意識できてるからやはり型破りだなと思う。多くの人は自分の気付かないうちに合わない型に自分を合わせて破壊寸前ということも、多々ありうるのだ。

 雫石のおばあちゃんは本当に魔女なんだなぁと思った。魔女っていろんな意味で人を諭す力がある人のことでしょう。それが良い方向に行くか、悪い方向に行くか、その「方向」も本人とその周りで間逆だったりして、だから追い出されたり嫌われたり、逆に崇拝されたりするんでしょう。

 片岡さんと雫石の長い会話と、真一郎君と雫石の短い会話が同等の意味を持ちながら、対局的に描かれていて面白い。人間関係って単一じゃないから、その空間をどうとらえて描くのかが、この人の小説の面白さであり、技だなぁと思う。

 居酒屋のおばさんのテレビの思いではすごく好きだ。わたしにとって、それはテレビではなかったけれど、そういう位置づけでテレビが生活にあるのも悪くないと思う。

 変わることは悪くない、変わることを望んでいなかったとしても、変わるものは仕方ない。その仕方ないを、遠回りしたり紆余曲折を経たりしてでも、納得で迎えられたなら、それはよい順応なんだね。

 しかし、雫石は世間知らずのアホゥだな。まったくそれでよくその都会で生きていけてるよ。それが王国その4ではああなるわけで、なるほど人とは根本的なところはどうしたって変えられず、時間には逆らえないのか、と勝手に納得していたのでした。