人質の朗読会

人質の朗読会

人質の朗読会


 どうしてだか、涙が止まらない。読み終えて、もう一度最初のプロローグを読んで、どうしても涙が止まらない。これ買わなきゃ。

 amazonさんから内容拝借。

 遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして…しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。

 第一夜から第九夜まで、人質たちの淡々とした、彼らだけの物語が語られる。声が聞こえてくるようだ。それは人生の起点となった出来事であったり、払っても払っても付いてくる不吉な予感であったり、煙に巻かれた出来事であったり、とりとめがない。けれど一貫して、恐らくは人質であったからであろう、静寂と鎮魂が満ち満ちている。

 どれも死にまつわる話ばかりではない。むしろ他愛もない話のほうが多い。自分だけの規律、自分だけの思い出、自分だけの熱、自分だけの、自分だけが知っている世界。そんな話しが、取りとめも脈絡もなく続くのだ。

 確実に同一なのは、それぞれの過去を語っているという点だけ。過去の出来事を人によっては鮮明に、人によってはおぼろげに、話す。ただそれだけなのに、どうしてこんなに苦しいの。

 生きていたら必ず死ぬ。小川洋子さんの物語の好きなところは、そこだ。必ず死ぬんだ。でも、だからといって一生懸命になる必要もない。目の前の大切な人を、腫れ物を扱うようにしなければならないわけではない。当たり前だから、当たり前に、例え短い時間でも生きているのならば語ろう、そう聞こえる。音楽に国境はないというけれど、物語にも国境はない、のだな。

 小川洋子さんは「博士の愛した数式」でとんでもないなと思った。わたしの知っている小川洋子さんは「冷めない紅茶」や「薬指の標本」や「妊娠カレンダー」のように生死が曖昧でぞっとする物語を、脚をとらえられてしまうような物語を書く人だと思っていたので、なんか裏切られたみたいな。でも博士の愛した数式も大好きです。でもでも、ぞっとするほどの悪意ではない殺意みたいなものが隠れている物語の方が好き。ああ、もう、どっちも好き!