僕は、そして僕たちはどう生きるか

僕は、そして僕たちはどう生きるか

僕は、そして僕たちはどう生きるか


 内容はamazonさんから。こんな生易しいものではなかったが。

やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。コペル君14歳、考える。春の朝、近所の公園で、叔父のノボちゃんにばったり会った。そこから思いもよらぬ一日がはじまり…。少年の日の感情と思考を描く青春小説

 はっきりさせなくても生きていけることはたくさんある。曖昧なまま、なんとなくみんなの言うことに賛同し続けて成人を向かえ、社会人になり、結婚して子供を産む人もたくさんいる。わたしはそういう人は羨ましいなと思う。批判する気はない。この本を読んでいて思いだしたのは、先日見た新型うつ病についてのNHKドキュメンタリーだった。社会が生んだ病だ。だからって指をくわえて見ているだけではなくて、できることがあるんだなと思ったのだ。

 境界線ついて「ぐるりのこと」でも十分に意見を書いてあるけれど、これは物語バージョン。性についても書いてある。今現在の社会問題として取り上げておく必要があると判断されて書いたのだろう。実に勇気のある行動だと思う。

 さて、物語はというと、多少説教くさいところはあるかもしれないが、実に痛いところをついてくる。主人公のコペルくんが「カッコに括っていたもの」を痛感するところで、読者も多少くじけるのではないか、とわたしは思う。表裏一体なのだ。人は強くも弱くもあれる。自分が被害者にも加害者にもなりうると知ったとき、大なり小なりショックを受けるものじゃないか。わたしはがっくりうなだれた。

 戦後、十分な時間を経て「あれは洗脳だった」と言える。ただ、真っ只中にいてそれを言えるだろうか。もう過ぎたことだから、考えなくていいと、本当に言えるだろうか。わたしたちは自由という名前の下で生活し、あたかも自由であるかのようだが、様々な制約の下で生きている。だから常々戦時中のそれと変わらないのだと、わたしは思う。魂の殺人は、そこかしこで行われていると。

 この本は評価が高い。学校図書として読まれることもあるだろう。そのとき、読んだ少年少女たちが大人の顔色を伺うような感想を書かなければ嬉しい。クラスでたった一人の違った意見であっても、堂々と言えるクラスであってほしい。