インタビューきた

読者獲得のためには安定した回答の提供が重要なインタビューズにおいて、その内容の興味深さもさることながら他の追随を許さない量の文章を提供し続けてくださっているcimacoxさんですが、良質な文章をスムーズに書くための工夫などはあるのでしょうか?筆不精な私どもにご教授願えればと存じます。

 なんて礼儀正しいのでしょう。失礼な人が多いと聞くけれど、わたしは失礼なインタビューを受けたことがありません。しかし下手の長糸はここでも本領発揮します。


 インタビューありがとうございます! 喜んで答えさせていただきます!

 文章が長いのは、間違いなく自信がないからです。正しく物事を言葉で伝えようとすると、その時点で意識との乖離を見せつけられます。埋めようとして言葉が増える。要するに下手の長糸なんです。突き詰めれば言葉はどんどん短くなります。最後には沈黙。これは究極の回答です。音楽でもありましたね。4分33秒の無音。ジョン・ケージ。あれ音楽ってなしだよね。でもありだよね。どっちの意見も頷ける。天才は違うね、まったく。と、まぁ、ともかく沈黙にたどり着くわけです。

 沈黙とは怖いもので、それが思考の末か言葉を持ち合わせてないのか無関心なのか、その人を少しでも知らなければ判断できません。そして(恐らく)多くの人は他者に興味がありません。ぶっちゃけどーでもいい。そう、そうなんです。わたしも「ぶっちゃけどーでもいい」ことはたくさんあります。多弁に見えて意外と音にする言葉は少ないのです。他者からの誤解さえ恐れなければ、沈黙は金です。実生活でも誤解ばっちこい、勝手な勘違いはご自由に、という場所ではだんまりさんです。逆にそうでないプライベートな場所では壊れたラジオです(←ここんところが全部のインタビューに答える理由でしょう、恐らく)。

 文章については、正直よくわかってません。一応理系なので、文章については超個人的な解釈だし書くのも素人です。専門的な勉強はしたことがありません。もしわたしの文章が読みやすいものであるとしたら、それは小説から学んだということになります。読んできた小説を書いた作家さんたちが天才であったということだと思います。凡人にも分かるように書いて残してくれている。とんでもない文化的価値があるとわたしは思っています。そしてそれを無下に取り上げたりしなかった両親にも感謝しています。お客さんきても出迎えもせず本を読みふけっていても「やれやれ」な顔をするだけで怒りはしなかった。

 わたしは確実に文章よりプログラムやフローチャートの方がたくさん書いてきました。専門的だと思われるかもしれません。しかし、10人いたら10人に理解できるように書かねばならない。プログラマじゃなくても分かるぐらいに分かりやすく。マニアに受けるために書くのではなく、伝えるために書くのです。文章も同じだと思っています。だからわたしの文章はスマートじゃない。コンプレックスですね、なかなかの。

 春樹のインタビュー集の帯にありました。「それはいい質問ですね。僕には答えられない」クールだなぁ。それくらい言えたら自分の文章も少しは短く、気の利いたものになるんだろうな、と思います。アシモフさんやヴォネガットさんのエッセイを読んでユーモアの勉強をしてます。読んでいてとても愉快な気持ちになります。チャーミングです。わたしには断然足りてない。んー。まだまだ学ぶことがあります。うん。

 またしても長文の回答ですが、読んでくださってありがとうございます。そしてインタビューもありがとう! あー楽しかった!