脳内垂れ流し

 乱発したインタビューズの回答はリアルタイムではありません。別にどーだっていいね! ちょっとした自分用メモだよ。

 脳内の垂れ流しが上手くできなくて喘いでいます。だからどうしたと。大事なんですわ、わたしにとっては! 脳内が混線しているんだ、ここはどこの戦場だ、ベトナムか、アフガンか。そんな不謹慎な冗談を言ってはいけません。

 前回は喧騒まみれだった実家でしたが、今回は誰もいない実家です。両親は仕事ですゆえ。娘はこれからぼちぼちお手伝いをするのです。雨が降りそうじゃね!? 洗濯物いれとくか? 書いてからでも間に合うか?

 改めて家を見てみたら、けっこう改築しているので綺麗なんですよね。でもこの記事を書いているPCが置いてある場所は手つかずで、じいちゃんが建てたとか言ってたので100年ものに近いのですよ。補強はしてるけど大八(大工(だいく)に掛けて、「く(九)」までじゃないっていう意味)の父が屋根に登ったり床下に入ったりしてちょっとずつ直したんですよ。さすがに改築部分は業者さんに頼んだけどね。

 その築年数およそ100年の場所で、うちでは一番ハイパーな電子機器「パーソナルコンピュータ」をいじくってるわけです。なんかこう、静かだといろいろと思いだす。

 まだ家の中をぐるりと土間が囲っていた時代、この服が着たくないと駄々をこねたら怒られて、しばらく下着でいじけていたけど、ここはお姉ちゃんだからわがままを言ってはいけないと思って服を着たら、着なくていい! と脱がされたこと。あれは妹がいたからわたしが5歳ぐらいか。ということは母27歳ぐらい。わたしが27歳のころはあっぱらぱーに狂ってました。

 妹は綺麗な家で嵐のような育児をしている。妹のおうちは旦那さんが一生懸命図面を書いた、家族のための家だ。どこも明るくて居心地がいい。広々とした居間、ベランダ、子供部屋。すべて見渡せる広い台所。それでも妹の育児の様子は本当に嵐のようで、お姉ちゃんはできる限り巻き込まれないように非難するんですけどね。

 育児って大変なんだろうなあ、と育児をしたことがない人は漠然としか想像できない。妹もそこそこ早く子供を産んだので20代後半はずっと育児と妊娠ですごしたようなものだ。母と同じ。違うのは家の暗さと経済状態で、より劣悪だったのは母の方だ。電気のない部屋のあるうち、ですよ(今はセンサー式ライトまであるからひっそり隠れ煙草もばればれなんですけど)。今の妹を見ていると、昔の母を見ているようなのだ。

 姉は妊娠したことがないから、ずっと仕事と趣味に明け暮れていた。ちょっと疎外感。

 なんかずるいのかな、と思う。一応高齢出産のリスクは覚悟しているけど、そもそも結婚・出産をするかどうかもわからない。好きなことを好き放題やってきて、といわれても「ぎゃふん」、産んで育てる苦労も喜びも知らないくせにといわれても「ぎゃふん」なのだ。だれもそんなことは言わないけどね。

 母は高校時代に食うための資格をとって、いわゆる花嫁修業を自力でやった。わたしは学校に行かせてもらって食うための資格を取ったが、花嫁修業らしいことはあんまりやってない。唯一、母と対等に話せることといったら本の事ぐらいだ。好きなジャンルは近くて遠い、けれど母がリアルタイムで読んできたものをわたしが追っかけで読んで意見交換したり、逆に今のお勧め作家を貸したりできる。わたしはことさら本については過大評価しすぎかもしれないが、物語は連綿と続くものと言うのはこういうことを指すんじゃないかと思う。

 ああ、そうだ。ぐぐたすの珈琲コミュで今日の一杯の写真を取るのだけど、おしゃれなカップもこだわりの珈琲もないわたしはWECKの保存瓶に珈琲いれてポーズの写真。なかなか好評です。自分で言うのもアレですが(笑)

 手に入らないなら作ればいい、と和裁を始めた母。着物を買うことができなかったから、作ればいいと思ったそうだ。確か今も丁寧に保管されている。ずいぶん前に見せてもらったことがある。着物用の羽織るやつ、なんていうんだっけ、あれとか。すごいなーと思う。けどよく考えたらわたしも同じことをしてるのだな。手間暇はそれほどかかってないけど、アイデアとしつこさで勝負(苦笑)。

 血は続く、女が産みさえすれば続く。その続くものに当然温もりは必ずあると思うけど、形になったものがあれば、なんかこう、ちょっと安心するよね。ライナスの毛布じゃない、もっと大人用の「ライナスの毛布」なんだよ。

 憐れまないでほしいけれど、わたしは実際ベイベーができるかどうかわからない。だったら、母に残せるものといったら、あれしかないじゃないっすかね。

 と、脳内垂れ流しというより絞り出しみたいになっちゃった。なーんかちょっと歯車がうまく合わない感じだなあ。