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構造人類学と資本主義と人の温度(長いだけ

戯言

構造人類学

構造人類学

 難しい本です。原文で読めばもっと理解できるのかなと思うけど、文章は上から下に読めばいいってもんじゃない。総括して結果が自分で出せれば、読み解けたということになる。どんな読みづらい本でも、自分の求めるポイントをメモしておいて、それを積み重ねて線でつなげば、何らかの結果が出ると思う。

 今日はハムナプトラをBGMに(イケメンだけは見る)家庭をまだ作ったことがない人が、なんかもにょもにょ考えてみる。適当です。

 レヴィ・ストロースの女性についての考え方(「女性は交換の対象」)は、私は嫌いじゃないんです。字面だけ見れば「女をバカにしてるのか!」だけど、もっとも尊重しているんだと思います。生み出すことができる生き物はメスだから、むしろ男のほうが消耗品、全ての男は消耗品であるというタイトルは傑作ですよね。

 貼っとくか。なんだかんだ言って龍は好きなんだよ。

すべての男は消耗品である (集英社文庫)

すべての男は消耗品である (集英社文庫)

 男の人はね、基本的にマザコンだから「ボクに愛情が足りないよ」と思うとよそ見したり、いたずらしたり、強権的に出たりするんだよね。甥っ子見てたらすごく分かる。妹ちゃんの場合、ちょっと産みすぎてアップアップしてるけど、きっと子供たちにとって、愛情不足はないと思う。少なくとも同じ家庭で育ったからなんとなく、無責任にそう思う。旦那もできた人だしね。

 で、今は資本主義もデカダン時代。小さな労力で大きな結果を即答で出さねば評価されないのですよね。完全にお金で片付く「お仕事」ならいいけれど、家庭にそれを持ち込んではいかんと思うのですね。

 でも持ち込んじゃう。なんでかって、女性が男性化してきたからじゃないかと思います。自分の仕事してたころの思考回路は棚に上げて、へへへ。仕事してたころ、母性的ではなかったなと思います。むしろ攻撃的、高圧的。発言も行動もそうだった。そうじゃないと男性と対等になれないから。

 うちは母が厳しく(リアルタイムに角が生える様が毎日見られた)、父はとても優しい(お人よし、あるいは八方美人とも言う)ので、父は娘が叱られていたらかばってくれたりしたけど、ありゃ家庭内で父さん役と母さん役が入れ替わってただけだったんだなあ、母さん余裕なかったから(他人の家にいきなり家族ってストレスだよ)、というところまで解釈できたのは、三十路過ぎてからでした。遅い! ごめんなさい。

 ママの愛情が足りなかったんだもん、と口に出す人は多いです。でも補填するために家族、血族は存在する。足りないなら出せばいい。見返りにレスポンスを求めて、出し惜しむからずっと満たされないんじゃないの、って思う。

 資本主義がデカダン化したからって、おうちまでもデカダン化していいもんじゃないと思うんですね。レンタル愛情はレンタルですから。愛情は男女関係なく全員持ってる本能です。どうやったら満たされるのかが分かれば(例えば「与えること」で満たされるのか「守ること」で満たされるのか)、レンタル愛情はなくなるんじゃないかと、風邪っぴき脳は思います。

 子供はなぜ守ってやらねばならんかというと、弱いからです。人間なんて丸裸で生態機能もぎりぎりで生まれてくるんだもん。守らねば死ぬんですよ。でもきちんと育てれば、勝手に学ぶんです、きっと。だから勉強ばっかさせて人間慣れしないほうが、人の温度を知らずに成長するほうが、いくらも危ないんじゃないの、と思います。

 ハムナプトラ、今ちょうどラストのラブロマンスシーン。な、なんだって!? 2から見ていたよ! ざっくり意味わかっちゃったよ。もー。