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ひつまぶし

 違うよ、暇つぶしだよ。

一本の藁から始まって様々なものを交換し、最終的に億万長者になったわらしべ長者。 もしあなたがわらしべ長者のように些細なものから発展して億万長者になるとしたら、 どんな道筋をたどるか想像してみてください。 最初にあなたが持っているものは、使い古したストロー、一本だけです。

 ハックルベリーフィンの冒険みたい。誰よりも遠くへが脳内を駆け巡りました。

 わたしこの手の想像力は皆無なんですよ。気の効いた回答は他の人にお任せしよう。

 物知り顔で煙草をかむ父親の真似をして麦わら(ストロー)を奥歯で噛み締めながらミシシッピ川で釣りをしてたら神が現れた。正確には神らしきものが現れた。「少年よ何がほしくて釣りをしている」と神(らしき)ものは言った。「しょうもないものだよ」と僕は言った。「お前がしょうもないというものでもわたしはそう思わないかもしれない。言ってみろ」と神(らしきもの)は偉そうに言った。全身ウロコで覆われているからそれは24色に光を反射していてぐんにゃりと曲がって見えた。「別に言うほどのものでもないよ」と僕はそっぽを向いた。そっぽを向いたにもかかわらず神(らしきもの)は目の前にやってきて言ってみろ言ってみろとしつこく言う。言うたびに色を変えぐにゃぐにゃと形を変える。僕は本当に麦わらが苦くなったような顔をすることになりついになぜここにいるのか話してしまった。「僕はただ単になにも見たくないだけだ。なにも思いたくないだけだ。なににも救われたくないしなにも救いたくないだけだ。ここでこうしていれば目の前をたくさんのものが通り過ぎる。人によってはたくさんとは言わないかもしれない。でも僕にとってはたくさんだ。それだけで十分だ。十分を十分と思って毎日ここで川を眺めていたいだけだ」神(らしきもの)は「ほう」と一言放ってしばらくとどまった。同じ姿のままとどまった。そしてこう言った。「お前が本当に求めているものはそれではなかろう。しかしお前はそれを言葉にする方法を知らないだけだ。三年後にまた会おう」そして消えた。突然現れて、突然消えた。

 三年間僕はずっと同じように麦わらを噛み締めて川に竿をたれていた。あのとき言葉にしたことは本当に僕の求めているものではなかったのか、あの神(らしきもの)のインチキか、三年後の僕にとってはどうでもいいことだった。噛み千切られた麦わらは川に捨てられ下流へ流れていった。あの麦わらたちがどこかに引っかかって船を作っているかもしれないと思いながら毎日眺めていた。もし船ができていたら。カヌーぐらいの船ができていたとしたら。僕にとってはそっちのほうが重大なことに思えた。いっそ下流に行って確かめようかと思った。もし船ができていたら僕はそれに乗ってどこか違う場所に行けるかもしれない。見たこともない夕焼けを、朝日を、見ることができるかもしれない。でも動く気は起こらなかった。

 三年後、たぶん三年後なんだろう。神(らしきもの)は現れた。そしてまた僕に聞いた。「求めているものは分かったか」三年前と変わらず偉そうに言った。「さあね」と僕はそっけなく答えた。神(らしきもの)はうねうねと24色を放ちながらにじり寄り「言葉にしろ、言葉にしろ」としきりに言った。僕は三年前より少し我慢強くなったようで神(らしきもの)の執拗さに根負けすることはなかった。顔も背けず釣竿の先だけ見ていた。影が動くさまをずっと見ていた。うねうねと動く光と影と、釣竿が指す影だけを見ていた。釣竿の指す先には今まで出会った人たちの影がさらさらと流れた。たくさんの人がいた。思っていたよりたくさんの人びとで僕はただ見送るしかできなかった。今までそうしてきたように。

「よし、分かった。ひとつ提案しよう。お前が一度でも家に帰ったら、財宝で埋め尽くしてやろう。石油が出るようにしてやってもいい。とにかく富という富をやろう。帰るか帰らないかはお前の自由だ。信じるも信じないもお前の自由だ。お前の信じる自由を選べ」と神(らしきもの)は唐突に言って消えた。三年前と同じように突然消えた。

 僕はそれからもミシシッピ川にいた。僕の中を風が通り抜ける。時には飛びそうになる。僕自身が麦わらになったようだった。それでも僕は別にかまわなかった。もし飛んでしまったとして、僕が捨て続けた麦わらたちのところへたどり着き、僕自身が船になって海に出る。大陸も島もない海を漂い続ける。そしてやがて朽ち果てて海底に沈む。そこは静かで暗くて地熱で少し温かい。そこに僕は横たわる。横たわる頃には真っ暗になっている。目を開いているのか閉じているのかどっちだっていい。僕はそこに横たわる。横たわる。