生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家4年目~

美容整形に対する世間のイメージについての勝手な分析

 いじるところだらけだよ。お金ないけど。
 今では随分敷居が下がってるんじゃないでしょうか。どこぞで書いたと思うけど、石原さんの刺青の件と同じ気がします。つまるとろこ、誰のもんじゃい(超訳しすぎ)。

 SFの世界ではアンドロイドが出てくることがあります。それはたいてい人間を超える美貌をもっていたりします。それは人間が理想の人間を模した人形にAIを埋め込んじゃえという発想、未来のイヴ、三番町萩原屋の美人のじじい、フロイトさんはからくりこそ仕込まなかったが成長しない娘を持ってたとか。それはただの欲望にすぎない。どこか哀しいです。しかしそれは、あくまで他者を求めたときだからです。だから哀しい。

 美容整形は自分に求めるんです。極論、他人の腹の中ならいじくれるが、自分の腹はいじくれねぇな、というのとは全然違うんです。どっちが怖いですか。わたしは自分の腹をいじくるほうが怖いです。逆転してそれは最高の興奮を与えてくれるかもしれない。でも、歯止めが最初からないんです。だから怖い。

 一般イメージはどうなんでしょうね。世情に疎いわたしには答えられません。しかし、人工のそれは人工ではないそれを求める物語がたくさんあります。なぜでしょうね。最初からそのように生まれていたら、今度はどこを求めるんでしょうね。

 欲望は果てがない。だからこそ欲望というのでしょうが、二重にしたらモテるようになりました、っていうのは「外側」の問題だったのかと問わずにいられません。今日は寝不足でまぶたがずっと下がりっぱなし。多分他人から見たら目閉じてるようにしか見えないと思う。いいの。わたしは見えてるからいいの。ほっといて先生起きてるってば!

 以前こんな話を聞きました。娘が小遣い稼ぎでよくないことをしているらしいんだが、どうやって聞けばいいか、またその小遣いの使い道は何か、と相談されたと。で、娘さんに聞いたら「整形する」って答えたそうです。アバターが流行ってたころです。今も流行ってるの? とにかくアバターです。アバターに近づくために整形するんだって。アバターだよ。リアルとバーチャルの境目が薄くなってるんだなと思いました。多分ね、なんかの理由でバーチャルに逃げたとしても、同じ理由でさまようだけだから。

 当たり前っていうラインの推移が、急激なスピードで上下している気がしてならない。ついてけないね。だからついてかないね。というわけで、一般的に「当たり前」なのかどうかは他の人の回答を参考にいたします!

http://theinterviews.jp/cimacox/5092189