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日本におけるFacebookの存在についての勝手な分析

 デヴィット・フィンチャーはすごくロマンチストだと思う。

 日本におけるFacebookとは。難しいです。自分が利用しているから余計にいろんなことを考えてしまって答えづらい気分になってるけどここはざっくり考えてみようじゃないか。

 SNSのひとつですね。2013年4月時点で減少から増加に転じたというニュースがあったようですが、絶対数が増えたのかどうかは定かではありません。アカウントはどうにでも取れると思うのです。

 実名登録が基本とされていますが、日本という国で実名で利益がある人の絶対数は少ないと思っています。わたしは知らなかったのですが海外では名刺の一番上は個人名だそうです。日本は肩書きが多いですよね。肩書きでビジネスしてるとも言い換えられるんじゃないかと思います。じゃあ肩書き無用のFacebookはビジネスにはあんまり有効じゃないじゃん、そうだと思います。

 プライバシーと個人情報は別物です。そこの線引きができていないと、どこからどこまでが個人情報か分からなくっていざこざが起こるということは十分に考えられます。いざこざが起こるぐらいなら発信しなきゃいいじゃない。そうです。出さなきゃいざこざは起こらないんだから正しいと思います。漏洩したくなければスタンドアロンでいるのが一番です。攻殻機動隊ですな。スタンドアロンコンプレックス。アニメ見たときの感動を思い出した!(迷走し始めた!)

刹那に過ぎる時のなかで、自分という「個」を特定しうる証拠を記録しておきたいからこそ人は外部記憶にそれをゆだねる
おまえにとっちゃ、そいつが唯一これまでの自分を特定できる外部記憶装置なんじゃねえのか

 アニメのバトーさんの台詞ですね。これはインタビューの「日本における」という部分をまるっと抜いちゃってますが、人ってそうじゃないですか。記録もシェアも義務じゃないんです。本能だと思うんです。だからわたしはボールを吸い込む壁に向かって延々と球を投げ続けることができるんだろうと思います。

 はい、それました。いつものことです。

 日本では「個人」という考え方が外国と少し違うと思うんです。中国とか韓国はどうなのかな。深く突っ込んで調べたことがないので明確ではないですが、恐らく日本よりも個人の考え方は確立されていて、その上でブラッドリストを尊重してるんじゃないかと思います。うーん、怪しいですね。ちょっと中国関連の本を読んでみます。

 はい、戻って! 今の日本ではFacebookの有効活用というと個人事業主とか企業がまっさきに思い浮かびます。ということは、そういうことだと思います。出していい情報と悪い情報があると。それはどこの国でもあるんだけど「いい」「悪い」の判断がグレイの部分が日本では怪しいからmixiのような爆発的な広がりはなかったのかなと思います。mixiは基本的に全公開じゃなかったと思うんだ。ここ数年放置してるからよくわかんないけど。

 先日テレビで生花農家の方のインタビューを見ました。母の日が近かったからかな。ローカル番組です。綺麗なカーネーションがたくさんありました。そのおじさん(年齢的にはおじいさんだけどぴちぴちしてた)は携帯を持っていないそうです。なぜか。一番連絡を取るであろう奥さんはすぐそばにいるから、だそうです。「知り合いがメール友達がとかいろいろ言うけど、わしゃ見える範囲しかわからんのでね」みたいなことを言っていました。この人と知り合うためにはFacebookなんてやってても無理なんです。そこに行かなきゃ。

 しかし、わたしはインターネットでの出会い(出会い系の出会いじゃないよ)にも可能性はあると思っています。インターネット上ではすれ違いなんてもうすごい量だと思います。きっと今の時間アクセスしている人の数を数えたらすごいよ。何割かはすれ違ってるんだよ。うはーすっげぇ! 都会じゃん! でも知らない人に声をかけるのって勇気がいるわけで、なんかのきっかけがないと難しい。そこできっかけになるものとしてFacebookを使っています。わたしにとってはそんな位置づけです。

 しかし、Facebookの広告ってだれがクリックするんだろう。それはここの広告も一緒だ。きっとアフィリエイトなサイトとか見たら率とかわかるんだろうけど、今は興味ないから調べない。

 というわけで、現時点での日本におけるFacebookは「人によって様々!」というざっくりした答えになりました。すみません。でも友達限定公開しかしてない人もいるし、わたしも公開範囲は個人の裁量で決めちゃってます。人様に迷惑をかけない程度ならいいんじゃないか、と思っています。

http://theinterviews.jp/cimacox/5122168