うたかた/サンクチュアリ

うたかた/サンクチュアリ

うたかた/サンクチュアリ

 本当に私の「よしもとばなな好き」は狂ってると思う。熱狂しているのでもなく、心酔しているわけでもなく、ただただ好きなのだ。妙に脈絡のない「ような」描写が心を打つのだ。ありえないことが「ありえること」だと知る人はきっとこの世界に拒絶反応を示すか、入り浸るか、どちらかだと思う。そして私は後者だ。いつまでたっても抜けられない、この少女趣味の世界。

*うたかた
「うたかた」とは儚いものを示す言葉だ。ここに描かれている「うたかた」本当に泡のようで、壊れやすくて、脆くて、糸一本以下、繊維の一筋の奇跡みたいな家族の形だと思う。家族? 家族だな、一つ屋根の下にいないけれど、これは家族だろう。

 初めてこれを読んだ時は「いまいち」と思った。けれど20年近くたって読んでみると、あら不思議、涙が止まらない。べろんべろんに泣いてしまった。そこかしこで泣くものだから、どこをピックアップしていいのか分からない。

 あらすじとしては、すごくシンプル。ボーイミーツガール&お母さんが奔放なお父さんを追いかけて海外に行っちゃったけどついていけなくて戻ってきちゃいました、ついでにお父さんも帰ってきました。恋人は1ヵ月後に帰ってきます、だ。たったこんだけ!

 なのに涙が止まらなくなるのは、自力の引力で惹きあっている様が愛おしいからだ。「ここだ」という瞬間がどんなに辛くても見過ごさずに、見逃さずに、両手で摑むのは勇気がいると思う。「裏切られたら」と一瞬でも思ったら絶対にできないわけだから、その純粋さたるや嵐が持たされたダイアの如き純度だろう。ま、ダイアで子供が育てば確かに苦労はしないけれど。

*サンクチュアリ
 こちらは泣きすぎる女の人と泣きそびれた男の人の話。正直、全体的に散漫で妙な気持ち悪さが残るので好きじゃない。けれど「とかげ」や「白河夜船」に登場する人に似ている。そりゃそうだ。作者は同じなんだから。そして書きたいこともきっと同じだったんだろう。

 哀しい始まりで気持ちよく終わるのだけど、私はどうにも好きになれない。悲観的すぎるのか、彼らが燃えカスに見えてしまうのだ。常に泣きそびれる男、恐らく爆発的に燃え尽きた女。そういう物語に見えてしまう。

 人は人生のうち猛烈な光を放つ瞬間があるのだろうか、と思う。そういった描写が彼女の初期の小説にはとても多く見つかるから、それに私自身もそういった事例を見ているから。もし、もしそうだとしたら、私が強く輝いた瞬間は既に過ぎてしまったのか、まだ来ていないのか、分からない。だから怖くなる。いつも、いつでも、もうこれ以上できませんぐらいにはやってきているつもりだから、身体中をアルミホイルで刻むようにこすられている気分になるのだ。それはキンキンと痛い。

 こうやってすぐに登場人物に移入してしまうから、こういう小説を読むと「私は私以外になれないんだな」と軽く絶望し、ひとつ諦めて、それを自信に変えようと思うのだった。