草間彌生ちゃんは可愛かった

 道後オンセナートリベンジ。暑過ぎず寒過ぎずの日を選んだつもりが肌寒い。けれど超コンパクトな町、道後ではさほど気にならない。と言いつつ、彌生ちゃん展示のホテルの足湯でぬくぬくしたのだけど。




 彌生ちゃんのアートはともかく可愛かった。見れば見るほど可愛くなるのが不思議な彌生ちゃんワールド、なるほど有料にしても文句ないです。なぜかぼちゃ? から始まって、どうしてこのかぼちゃ? なぜこのペインティング? なぜここにかぼちゃ? 平面立体塗りつぶされたかぼちゃなどなど、意味が分かってくると、なんという純粋さと思ってしまう。卑屈さがないから可愛いんだな。




 例えばひとつの感情を押し殺すのにどれぐらい労力が要るだろうか、と考えると、想像がつかない。置き忘れたならどうだろうか。最初からなかったことになってしまったモノや感情たちはどこで噴出されるのだろうか、なんてことを考えながら鏡を見続けていたら、窮屈ささえ心地よくなってくる不思議。全部に自分が写ってるからなあ。
 インパクトのあるモチーフであればなんだって受けるわけじゃなくって、理屈だけでも受けるんじゃない、不思議な時代アメリカのポップカルチャー。アメリカンドリームが健在だったころの時代であるよ。でもその時代だからというものより、未来永劫きっと「変わらない少女の可愛らしさ」を持ち続ける彌生ちゃんは相当に可愛いんだろうな、と思う。


 ごちそうさまでした。