火花

火花

火花


今年、最も話題に上ったであろう本、火花を読んだ。おそーいけれど、本の内容はほぼ耳に届いていなかったので「はじめまして」だ。

本の評価なんてどこですれば良いのか分からないけれど、初々しさ、言い換えれば未熟さのある、純文学であった。これが芥川賞だからびっくりする。すばる文学賞だったら理解できる。すばるには枚数が足りないけど、あれほどの量となると間延びするか嘘くさくなるか違う話になるだろうな、と思う。

お笑い芸人のことはよくわからない。贔屓にしてる人たちはいるが、ディープに知りたいとも思わないし、これからも深入りすることはないだろう。

だったらこの本から得たことは何かと考えると、ひとつ思い当たる。理不尽そのものに守られた、滅せられても世界は回るであろうひとつの業界の意固地さが表している人間の生き方だ。

難しい言い方したね。分かりやすく言うと、寿司職人さえ学校で学ぶ時代に、たった数人の神がかった天才が出たために、不親切で薄情で不条理な業界が変わらずあり続けるだろうな、伝統もないままに合理性とかシステムとかが手付かずで残ってるとこってまだまだあるんだなってことです。

それが悪いわけではなくて、むしろたくさん人間がいるんだからあっていいと思うけど、火花の舞台やテーマはまるで全盛期のアメリカSFのようだったのだ。いつの時代に読んでも妙に懐かしい知らない世界。誰しもが経験する世間と自分の間に流れる違和感。違和感を正確に言葉にすることはとても難しい。

違和感作家といえば、長嶋有。一番好きな「夕子ちゃんの近道」で畏怖について訴えるシーンと、神谷さんに人に優しくないのは面白くないのと同義だと訴えるところはとても似ていたと思う。当たり前を、泣きながらしか伝えられない男の人の不器用さ、という一点がね。

こういう情けなさは翻って強かさだ。町田康高橋源一郎が描き出す、なんだかおかしくて悲しい混沌をも思い出す、男子らしい小説だった。

マッチョさの欠片もない男子文学、好きですよ。

でも神谷さんはバイオレンスすぎて気持ち悪かったな。