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どこまでも個人の自由ですが、読書について

 先日からしつこく純文学やらなんやら言ってます。おはようございます。これには一応理由があるんです。っていうか、そろそろこのブログの立ち位置が分からないよね(笑)まぁ、私のマイブームみたいなもんです。それ以外は愚痴、日常のもやもやなど。なんら得のないサイトです。すみませんすみません。

 

 最近借りたこの本、読み終わりました。って漫画だから直ぐだわね。面白いか面白くないかと問われれば、面白いんじゃないかぐらいです。決してこの作者さんが嫌いではないので、批判するつもりは一切ないんですが、単に「へー」で終わっちゃった漫画でした。単に好みじゃなかった(欲を言えば、もっと人間そのものをしっかりと描いてほしかった、ぐらいです。でも、そうすると別の漫画になるんだろうなっていう世界観でした。仕組みもストーリーも優しい漫画。子供が読んでも公共事業が何たるか分からなくても、適度に正しい理想論を楽しくきれいに書いた漫画だなって思います)。

 熱がこもったファンタジーが読みたければ萩尾望都さんとか清水玲子さんとか読めばいいんだって思います。ええ、それぐらい分かってます。今日言いたいのはそれじゃなくて。

 貸してくれた人が頻繁に「キャラが、キャラが」というんです。ゆとり世代ってキャラ世代なのか? って思っちゃいました(超偏見)。1Q84でもキャラ的な話をしていたので、ちょっと斬新でしたけど。

 個性そんなに大事かね。作られた個性、作った個性、押し付けられた個性、〇〇さんから見た個性(キャラ)。いずれも私からすると個性じゃないんだよねえ。それある種の理想であってさ。個性ってもっと、隠そうとか殺そうとか、押し出そうとか認知させようとか、そういう領分を超えたところにあるものだと思うんだよね。オレ=個性だもん、って思うんですよ。

 推理小説の大御所と言えばシャーロックホームズだと思ってるんですが、あれもキャラノベと言われればそうなんでしょう。私が一番最初にハマった濃いキャラクターかもしれない。だけど、本家だろうとベネネだろうとワンちゃんだろうと、ホームズらしさが消えてなければ私は楽しい。逆に、ホームズらしさが消えてしまうと私は楽しくない。そのホームズらしさというのは何かというと、全体を覆う皮肉っぽさや正義感で、それは小説を創り出している世界観そのものなんですよねえ。だからやっぱキャラがいいからホームズが好きってわけじゃないな。

 キャラがいいから面白くないけど見続けている、とか平気で言うので、そんなにいい作品が世の中から減ったのか? と思いましたが、そんなに深く考えていないです、新しいものに手を出す元気がないのと、飽きてるんだと思います、って言ってて、それもまたちょっとショックでした。私も新しい作者の本を読むことは少なくなったけどさ。

 自分の加齢による変化を他人や世論に押し付けないようにしなきゃなあと思うと同時に、おじさんおばさんになってきたらあれこれ言わなくなる(もしくは、めちゃめちゃ言う)のはこういうことなのかなあとも思ったりします。

 個人の自由と思える場所が増えるのはきっと良いことなんだけどな。