うわ、もう7月よ

 こっちの更新を怠っていました。こんばんは。暑いです。

 塩鯖が入院して早ななじゅう……何日だ? いい加減、塩鯖も病院生活に飽きています。でも病だから仕方ない。私も一人暮らしに飽きています。でも家族だから仕方ない。仕方ないづくしにも慣れてきましたが、一人暮らしの時間は育ってなくて、非常に時間を無駄遣いしている今日この頃です。

 やらねばならないことはたくさんあるんだがね。

 さて。

 私の仕事がなくなる予定です。笑えないわー。でもこれも仕方ないわー。こういう場面に来て初めて介護で仕事をやめざるを得なかった人たちの事を考えました。そして久しぶりに、ずっと座ってるだけじゃんあのおっさん、みたいな人の存在も思い出しました。

 私はしがない派遣社員ではあるけれど、一応自分の仕事っていうものがあります。私だけができる仕事じゃないけどね。替えなんていくらでもいるんだけどね。でも私があの席に座っている以上やるべきことは毎日分あるわけだ。その「私の仕事」って山谷があるものなんだけど、じゃあ仕事がない日は休んでいいかっていうと、そういうわけにはいかないんです。だって仕事だから。そこに行って、座っていることも仕事のうちだから。

 今回の退職の理由は、休みすぎたからですな。決まった時に決まった時間座ってることができていなかったから、当然といえば当然だな。

 そういうことを考えたり、行動したりしているとき、ある人のツイッターを思い出した。父親の介護がようやく終わって(亡くなった)、ちょっと一息ついて(でも実生活はそれほど本稼働している様子ではなかった)、そんな頃合いのツイッターのつぶやき。

 介護の辛さは同じように介護をしている人にしか分からない、というものだった。こう書くと「そりゃそうよね」って思うだろうけど、そういうんじゃなくてね、なかなかグロテスクな黒い思想とか、闇だわね、そういう部分のことよね。

 世の中の不便さや不都合は改善されてゆくべきものかもしれない、そうじゃないかもしれない。今の私には判断できない。少なくとも、人が平等である思想からは、有益なものは生まれると思えない。

 特に悲壮な気持ちなわけでも、被害者ぶるわけでもないけれど、なんか最近、唐突に「人って全く不平等だよなあ」って思って、「あ、そりゃそうだよな。だから奇跡って起こるわけで、だったら私人の奇跡に興味ねえな」って思ったんです。

 最近、恩田陸さんの本を、たぶんすごく久しぶりに読んだ。文学なんて書く気がないんだな、読者をバカにしているのかなって思った。