またも入院である

 おはようございます。塩鯖が昨日、入院しました。風物詩になりそうで、それは避けたいところなんだが。今朝はパインが食べたいそうです。

 塩鯖の病気は、どこか一か所が悪くなるものではなくて、身体を支える機能のひとつが謀反を起こすというものです。原因がいまだにわからない。だから特効薬もない。だけど昔から大勢の人が罹患している悩ましい病なのだと思います。

 世に難病はたくさんあります。むしろ人口に比べれば見つかっている難病って少ないんじゃないかと思います。といったところで、今この病気で苦しんでいる人たちが救われるわけじゃないんだけど。

 うまく付き合う、という言葉がよく聞かれます。漠然と、うまくってなんだろうか、と思います。早く熱が下がればいいな。

 さて、かくいう私も昨日からお腹がぐだぐだで、これは痩せるんじゃね? マジで痩せるんじゃね? とワクワクしています。私の取り得は丈夫で長持ち、腹を壊したくらいでは、身体のどこもめげません。期待は淡くしておこう。

人はなぜ存在するのか

人はなぜ存在するのか

 この人の本自体初めて。テレビでは見たことがあるかも。齋藤さんはとても分かりやすく説明するなあ、というのが第一印象です。そして、書かれていることは確かにどれも「自分の存在を許すための知識」です。でも何かが足りない。例えばニーチェは生きて、絶望して、希望を見つけて、こう叫んだわけです。「神は死んだ!!」ハイデッカーだってデカルトだって、伝説じゃなくて現実に生きてた人でしょう。もし今の私たちが「この人が生きていてくれれば私はそれだけで勇気がもらえる」という存在を持てば、それはキリスト教圏のキリストを得たのと同じことなのかもしれません。だけど、過去の、お会いすることが叶わない人たちの考えに触れることは、「自分の存在を許す」助けにはなるかもしれないけど、生のそれを突き動かすほどのことはないんじゃないかな、と思います。

 だから実践するしかない、実践するのが人生だ、なんだろうと思います。しょうがない、しょうがないんだ。生まれたからには生きて、いろんな経験をしたほうがいいんだ。だって人生は長すぎるもの。

 あ、最近こんなのばっかり読んでるけど、私は病とか、弱っているとかじゃないですよ。こういう存在を科学したり哲学したりすることは好きだけど、私はおおむね自分の存在を、悩みこまないレベルで肯定していますから。この果てない宇宙の、たまたま生まれた地球という場所で、それもうどんがすこぶるおいしい中讃地区の線路のそばで、普段は「存在とは」なんてことあんまり考えることなく、目の前のことに「そこそこ」一生懸命に生きてます。そろそろ「本気で」生きたほうがいい気がしてます。

ことり (朝日文庫)

ことり (朝日文庫)

 私の好きな本ってン十年更新されていないんだけど、無人島に持ってゆくならばななのキッチンと、春樹のねじ巻きクロニクルと、これかなあ、って今朝突然思いました。孤独で、浜に打ち上げられた所在なさそうな海水パンツのような存在だと感じていたおじさんの向こう側に、とてつもなく豊かで愛しかない世界が広がっていたってういこの話が、時々心に浮かんでは、私をクリアニングしてくれるんです。