生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

大人になって分かったこと

 おはようございます。エッセイストです。
 図書館がなければ、私はこれほど本を読んでいないだろう。

 谷川俊太郎さんは長生きで、若いころから詩もたくさん書いていらっしゃるから、著書が多くてありがたし。そして、この100年インタビューシリーズはきっとすごく面白いんだろうなって思う。私は対談もインタビューも、ビュワーにかかっていると思っている。面白くないときはとことん面白くない(悪夢か悪い奇跡のように)。と、ここまで書いて百戦錬磨の谷川俊太郎さんだから、こうなのかもしれないと思った。そういうあたりが「人」の面白いところ。

 かなり素直に答えてくださっているから、ちょっとホッとする。3度の結婚、3度の離婚、良かったか?(詩を書くにあたっての経験になったか?)という問いに、そんなのわかんないよって答えるのが素敵。経験しちゃったもんはしょうがないよねえ。でも、この人案外問題児なんだろうなあって思う。だってそういう事態に、多くの人はあまりならないもの。

 3歳向けの詩を書くときは、3歳の自分で書く、90歳向けの詩を書くときは、想像して書く。とてもシンプルなことだが、これができる純度であることにちょっと感動する。3歳のころの自分の感性を、思い出せますか?

 経験の中には、選べるものと選べないものがある。子供のころは圧倒的に選べないから、私は早く大人になりたかった。家を出てからの様々な経験の多くは、避けようのない事態もあったけれどほとんどの場合自分が選んだものだと思っている。口惜しい思いもしたし、歯がゆい思いもしたし、なにより「それ知らんでも良かったわ」という経験も大いにある。後悔もくそも、経験してしまったら「経験した」という事実が残るだけなのだ。無理に「あの経験は役に立った」とか「自分が成長した」とか考えなくていいと思う。そうやって失敗した自分、チョイスを誤った自分を、建前で覆い隠すことは防御の鎧を着るのと同じだからだ。

 ポジティブシンキングってどうも苦手。苦境の中でも教訓を得ようと勘違いの努力をするぐらいなら、私は浮上するまで落ち込んだほうがいいと思っている。このとき大事なのは、周りの人に「落ち込み菌」をばら撒かないことだ。一人ひっそり、コップに沈殿するミルクのごとく沈んでおけばいいんだ。

 人間は薄情なことに、状況にさえ飽きてしまうもの。必ず浮上するタイミングは来る。ただ、本当に自分にとって大切にしたいことや、人格形成に関わる出来事なんかは、簡単にはほどけずに心の中にとどまり続ける。どれだけシンプルに爽快に生きている人でも、よほど幸運な人でなければ「わだかまり」はある。それが確かにあって、おそらくその塊の前で立ち往生している自分がいるということを知るだけでも(それはきっと、その当時の若い、あるいは幼い自分だろう)、彼らは救われるんじゃないかと思う。

 今回は適当に谷川俊太郎河合隼雄と、珍しく中原中也町田康が解説書いてたから)、吉本隆明を借りてきた。代り映えのしないラインナップ。

 私の今までの経験上、自分の興味とは関係ない100人の本を読むのと、興味のある5人ぐらいの人の著書を全部読むのとでは、圧倒的に後者の方が学ぶことが多い。そんなんやってみたことあるんけ、と言われそうだが、二十代にやるだけやって、悟ったのだよ。私はストーリーテラーを求めてはいなかったんだってこと。