生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

死ぬってどういうことですか?

 おはようございます、満月の夜に不思議な夢を見たエッセイストです。過去の過ちの出来事の際限の夢。初めて誤らずに進むことができたんだよ。

 本をたくさん読んでいる割に、寂聴さんもホリエモンも読んだことがない。いや、寂聴さんは共著で読んだことがあるかな。でも基本的にこの人はあんまり好きじゃなかったんだ。だけどこの本を読むと変わった。本を読んでみようっていう気持ちになった。

 ホリエモンの宇宙について考えたら怖いっていう感覚を読んで、君にもあったのか! と思った。そこで私がどれだけホリエモンを「普通じゃない人」と認識しているかもわかった。この人は規格外ではあるが、ある意味では寂聴さんよりは普通の今時の人だと思う。では寂聴さんがとても普通の人じゃないのかっていうと、そんなこともないのだけども、女学生時代の226事件を覚えているあたりがもう生き字引過ぎてよく分からなくなる。しかし例えば湾岸戦争ベルリンの壁チェルノブイリなど、私も歴史的な瞬間に出会っているわけだから、95歳ぐらい頭がしゃんと生きていたらこうなるわけだ。長生きってそういうことなんだ。うわ、長生きってすごい尊いって思った。

 ホリエモンだからか、裁判関係のことに詳しい。検察のこととか知らないことだらけ。そりゃそうだ、私も家族もそっち系にはお世話になったことがない。お二人の会話に出てくる検察庁には正義なんてなくて、力づくで疑わしきを罰する、それこそ人権もくそもないわ、であった。そういう一面もあるのかな、、、程度でしか読めない。

 私は陰謀説ってあんまり信じてないんだけど(大なり小なりあるかもしれないけど、地球を動かす規模って想像つかないから現実的じゃないなって思うんだ)、フリーメーソンに入ってたという人の話を聞いたとき、ライオンズクラブロータリークラブのようなものかな、って思った。私都市伝説と混ざり過ぎてるのかしら。

gakkenmu.jp

 あ、似たようなものだった。

 検察庁についての正確なところは分からないけれど、冤罪に深くかかわり続けた寂聴さんがこういうのだから、なまじっか嘘ではないのだろうなとは思う。けれど、心に響くのはそういうところではなくて、阿部定事件の定のような、本人としてごく当たり前のことをしたまでなのにセンセーショナルに取り上げられすぎた(うーん、線引きは難しいのだけど、私は自己の正義や正しさと、国の定めた法律はいつだって一致するとは思っていない。私の正義=日本国憲法ではない、ということね。ただ、日本に住む以上は日本国憲法は理解して従わないといけないから、そこを履き違えないようにしたいと常々思っているけれど)人たちの数奇な運命とか、自信のある様、あるいは自信を喪失させられた様などのお話のほうが心に響く。

 刑務所に入る時全裸にさせられるそうだ。言葉では「そうやって尊厳を奪う」とされているそうだが、ホリエモンは「全然平気だった」という。自分がどっちだかは分からないけれど、尊厳を失う気持ちも、案外そんなことでは尊厳が傷つかないことも、私は知っているようでもわっとふわっとする。でもきっと、徹底的に研究した人を壊す方法みたいなものもあるだろうから、世の中って戦争がなくても物騒なんだなって思う。

 言論の自由は奪われるのか。あるいは戦争は起こるのか。もし奪われるとしても、今までのようなやり方、今までのようなことにはならないだろう。しかしすべて終わって歴史を棚卸したところで、ああやっぱりこれは第二次大戦の言論統制に値するものだった、と思うのだろう。うーん、どうしようね。それは困るね。

 そういやこれも、そういう塊だったね。私は一度見て「ひゃー!!」って思ったけど、塩鯖は一発で理解したようだ。たぶん私は心理的な何かっていうのには全部綺麗に思惑通りに感じるタイプなので、得といえば得、陰謀に巻き込まれたら一番損するタイプだなって思う。