生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

シン・ゴジラ

 ルーキーズは映画版まで見終わりました。全部見終わってから阪神の選手と同じ苗字なんだと教えられた。そうか! どっかで聞いたことある名前だと思った。けれど、私はそれほど野球を熱心に見ていない。

 その後、ずっと見たかったシン・ゴジラを見た。こういう映画は一人で見てもいいのだが、妙な背徳感を感じて塩鯖待ちだったのだ。しかし、塩鯖がこっち系の映画が好きだとは思っていないのだけど。たぶん、一人で映画見てゴロゴロ過ごすことに背徳感を持っているということだと思う。なんとなく、なんとなく。

シン・ゴジラ DVD2枚組

シン・ゴジラ DVD2枚組

 思っていたよりもずっと面白かったが、見終わってから「ゴジラかわいそう」って思った。でもどのゴジラでも同じなのだ。ゴジラ討伐が目的なのだから仕方がない。

 この映画はストーリー云々ではないと思う。もしゴジラが本当に現れたら現代日本はどうするのか、という大義があるわけではない。ただただ、現代の技術を結集して本気で特撮を撮ったんだ、というところに価値がある。

 かといって、ストーリー的にお粗末というわけでもない。ちゃんとできてる。日本人の大人ならば納得できるぐらいのリアルさと、ちょっとだけ希望を信じる夢を見させてくれる。この独特のセリフ回し、個人的には好きだな。必要最小限といった感じ、嫌いじゃないな。

 ゴジラが暴れる最初のシーンは巨神兵の火の七日間を彷彿とさせる。30年以上たっても色あせない、ナウシカってすごい映画だったよなあ。けれどゴジラゴジラで、やっぱり日本のゴジラがいいよなあ。ゴジラゴジラであって、恐竜ではないからな。

 初期形態のゴジラがハモ→ラブカすぎてトラウマになりそうって思ったけど、エヴァンゲリオン使徒の造形もたいがいでたらめ(すみません、でたらめに見えるんです)だったしな。まぁありなのかな。

 今までのゴジラはおおむね電力を捕食するためにうろうろしていたんだが(その過程で町が破壊されるので退治される)、今回のゴジラは何のためにうろうろしてたんだろう。

 海外でどういった評価なのかはわからないが、ゴジラを神様にしちゃって畏れる(畏怖する)というのは、きっと日本的な信仰心だろうと思う。神(創造)の対極に悪魔(破壊)がいるのなら、ゴジラは悪魔になるわけだしね。けれど、ゴジラは自己生成していたわけだから、まったく新しい生命体、神っちゃ神なんだ。でもこの時の「神」って我々を超えた存在っていう意味で。なんとも不思議な落としどころの、不思議な映画だった。

 けれど一番印象に残っているのは、ごくごく当たり前の、よく見る日本の都会の風景に、突如ゴジラが現れ、自衛隊が現れ、日常と戦場がごっちゃになっている、というところ。私このシュールな風景が一番印象に残った。