生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

ゴールデンウィーク2019(殴り書き)

 こんにちは、ちびーずが来て帰り、旅友が来て帰りました。今日は丸一日私の時間です。うふふ、うふふ。

 ちびーず(長男と次男)は初めて子供だけで電車に乗ってきたのですが、二人とも乗り物酔いで顔面蒼白で到着しました。おじさーん!おばさーん!と抱き着いてくることを予想していた私たちはおろおろしましたが、うどんを食べることには元気になっていました。電車は酔わないという人もいるけど、私は電車も酔うので気持ちはわかるよ、ちびーず。

 塩鯖もお休みの日はゴールドタワーにて存分に遊んでもらい、塩鯖が仕事の日は宿題と瀬戸芸に行き、充実した時間を過ごしてもらえたんじゃないかなと思っています。電車のトラウマか車に乗ることすら嫌がるので困ったけれど(車でないとどこもいけない)、ぐずる年齢でもないので説得に応じてくれて助かりました。

 ちびーずが帰った日に旅友到着。こちらはコストコのいろいろと持ってきてくれました。ありがたし、コストコ行ったことないからな。殺人的なサイズに驚きながら、有名なプルコギビーフを3人で食べ、当然半分も食べきれず冷凍しました。コストコってそういうことなのね。とにかくすごいな。

 瀬戸芸の様子はまた後日まとめるとして、ぶっちゃけ若干飽きてきている私がいることに気が付きました。なんかこう、イマイチ。それは人が多かったからとか、間に合っていない新作アートがあるからとかではなくて、本当にただ飽きてきたんだろうなと思います。ただ、旅気分と同時にアート鑑賞が楽しめるという意味では行くと楽しいんです。

 私は芸術について長い間誤解していたなあと思います。作品がアートなのではなく、鑑賞する人がいて初めて成立するのが芸術なのだろうと思います。そういう意味で、五感のあちこちを刺激される芸術祭は本当に価値のあるものだろうなと思います。

 いつも二人暮らしの我が家に大人がもう一人混じるレアな時期だったので、映画を見ました。

www.bd-dvd.sonypictures.jp

 原作はそのうち読むとして、とってもいい映画でした。めっちゃしつこく「いい映画だった、いい話だった」と繰り返していますよ私。

 SFにもいろんなジャンルがあるけれど、ここ最近いろんなものがごっちゃまぜになって一つの世界を描き出す物語が増えてきたなと思う。昔はアインシュタインだのホーキンス博士だのが言うことは「どこかの天才が言う、分かるようで分からないこと」だったものが、今はもう「あるかもしれない世界」になってきているんだなあと思います。いや、それは私がそう思うようになっただけなのかもしれません。でも、確実に2001年宇宙の旅とかソラリスが発表された時代よりも、今のほうがずっと人々に受け入れられていると感じます。それは時代が進んだということなんじゃないかなってね、思うんです。

 言語論といえばソシュール。私は勝手に、ソシュールはこういうことを言ってると思ってます(信じちゃだめよ)。

私たちが目にしているこの世界は、言葉によって編み上げたものだ、ということ。
すなわち、言葉の違いによって世界は全く違って見えるということ。

 これが映像として体感できたことがすごく新鮮。

 そしてこの映画の中では時間の概念も新鮮です。私たちは常に未来に向かって流れる時間の中にいます。地球上にいる限りこのルールの中に生きています。だけど今ぼちぼち未来が見える人が現れてきているんですよね。不思議だよね。話を聞くだけではわからなかったことが、映画になると「はぁー、そういうことか」ってわかったような気になりました。

 多分ね、未来が分かろうと分かるまいと、我々が大事にできるのは「今ここ」だけなんだよね。これ、当たり前だけどすごい大事だなことだったんだなあって思います。

 そして友達が持ってきていたこの本。とても面白かったので買うことにしました。生まれたころから当たり前にあるものは、疑うことすらしないんだよね。もちろん誰のせいとかないけれど、ありのままを知るということは大事なことだろうなと思います。一つの視点としてね。どこまでも大事なのは「自分で感じて考えたこと」。

 うわ、ばらばらになったなあ。まぁいいや、殴り書きで失礼しました。