生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

今どきの問題

 眠いです、こんにちは。ずっと眠い、どうかしている。

 日曜日から月曜日にかけて、実家に帰っていました。ミカンの話がいろいろありまして。うちのミカンは美味いんですよ本当に。

 それはさておき、道中で妹ちゃんちに寄ってきて、ちょっと話してきた。いわゆるおばさんの世間話。その中で妹ちゃんが「もう最近の学校はひどい。崩壊が多い」と言っていて、やっぱりそろそろ私たちのころとは違うやり方をしたほうが、先生も生徒も楽なんじゃないかなと思った。

 私たちの小学校時代でも、給食を食べきれなくて放課後までぐずぐずと食べさせられたことがトラウマになってる人や、トラウマまでは言わないけど嫌な記憶として残っている人は多いと思う。そこにはいろんな気持ちがあるだろう。結論から言えば、成長とともに食べる量が増えて残すことはなくなったし、同時に給食改革が起こって美味しくなったので、3年生になるころには放課後給食という屈辱を味わわなくてよくなったが、一時的に酷く傷ついた記憶がある。

 45分間座っていられない子にとって「なぜあなたは座っていられないのか」と問われるたびに、私の居残り給食のような気持ちになるんじゃないかと思う。それが毎日、親からも先生からも言われ続けると思うと、なかなか気が滅入る。滅入るどころか嫌になりそうだ。

 先生や親は、その子のことを思って叱る。それを分かっているから子供はできるだけ従おうとするが難しい、苦しい。しかし子供同士は違う。子供同士は「こいつこんな奴だし」で終わる。友達同士で「お前のためを思って言ってるんだ」なんて小学生ぐらいではまず言わないだろう。だから友達同士の結束が私のころは全然違うように思う(硬いとか強いという意味ではなく)。

 もちろん、私たちが子供のころも似たようなところはあった。徒党を組むのが好きな子はいるし、馴染めない子もいるし。だけど今どきの子たちのいじめに関しては、私たちのころよりずっとひどくなっているような気がする。……する?

 もしかすると、私は早々に徒党を組まない選択をしたから、いじめについてのリアルタイムの知識や経験が少ないのかもしれない。例えば「私たち(僕たち)友達だよね。だったらこれもできるよね」といった”踏み絵”や、引っ掛け問題のような”お試し”をされた記憶が、私にはない。けれど今どきの子供たちの間では、けっこう盛んにおこなわれているらしい。

(※旅友ともこういう話題になって、「私、職場いじめとか経験ないからなー」と発言したら「あんためっちゃいじめられてたやんwww」と突っ込まれた。確かにあったが、痛みが薄れて忘れてるめでたさである)。

 こんな状態の友情(本来、踏み絵やお試しを強要するような関係は友情とは言わないが)にいじめが絡むと酷いことしか起こらない。積み木崩しよりもきついなと私は思う。勉強してりゃいいはずの学校生活が、まるで生き残りサバイバルゲーム(頭脳戦)だ。

 で、甥っ子次男の担任の先生は4月からずっとお休みだそうで、教頭先生が担任を務めているそうだ。お休みしている先生は24歳なのでゆとり教育の最後の世代だ。自分たちはゆとり教育で育ってきたのに、先生になったらピチピチパンパンで新しいことばっかりで、なおかつ生徒たちは座ってられない、板書ができない、話を最後まで聞けない、見えないところで子供たちはサバイバルゲーム中などなど超個性豊かである。私はゆとり教育世代ではないが、彼らに対して気の毒に思うところはある。

 子供が賢くなったとか、インターネットがあるから弊害がとか、先生が頼りないから親がうるさいから普通じゃない子が増えたからとか、そんな理由いくつ並べても意味がないんじゃないかと思う。本来の、小学校・中学校の、役割に立ち返るときなんじゃないかな。と、子供のいない私は思うね。

 ついでに。

 ツイッターで話題になっていた「はたらく言葉たち」。私はサイトを見て「なるほど、確かに」と思う言葉が目に付いていいじゃないかと思ったけど、ツイッターでは反対の意味で使われていたのでこそっとツイートを消してきた。余計な火種はないほうがいいと思ったからだ。

 確かに「毎月50万円をもらって毎日生き甲斐のない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか ─80代」はイラっとさせるだろうなと思う。毎月30万は今の時代なかなか少ない。阪神電鉄はもっと言葉を選ぶべきだったと思う。

 ちなみに公式サイトでは「人が動くと書いて、はたらく。また傍を楽にするという意味で、はたらく」と書いている。「人の為と書いて偽」ということも記しておく。

 ついでのついでに。

 #Kutoo、あえてツイッターでは書かないけれど私はとても疑問視している。なにかがしっくりとこない、とても。そして、国がどうこういう問題ではないと思う。国会ではもっと有意義な話をしてくれ。