生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

すごく便利がられるスキル

 今日はとりとめもなく。やや愚痴になるかもしれない。

 私はパソコンでどうのこうのするのが好きで、IT関係の仕事についていた。でも、学生時代からハード方面はからっきし興味がなく、LANもWifiもろくすっぽ分かっちゃいなかった。パソコンも一度自作をしただけで一生分の満足を得たし(二度としないぞ)、プリンタも紙詰まりが起こらなきゃなんでもいい。要するに、機械オタクではないわけだ。

 IT業のころからうすうす気づいてはいたけど、やっぱりITに関する一般人の認識はかなり誤解があると思う。ITというか、今は「パソコンとスマホ」と言ってもいいかもしれない。これの総称なんて言えばいいんだろう、インターネットに接続できる機器とか? まぁそのあたり全部が「得意なんだね」と言われるのが困る。

 例えばGmailで新規アカウントを作る。これぐらい誰でもできるだろうと思うが、誰もやろうとしない。本当にGmailの意味が分からない人もいれば、面倒さに負ける人もいるけれど、総じて感じるのは「諦めは5秒」だ。なかなかの速さだと思う。

 おおよそ見当はついている。みんな「めんどくさいのが嫌い」なのだ。そして、そのめんどくさいことをするのが「ITスキルの高い人」という認識なのだ。

 昔IT業だったからという理由で今請け負っているのは、アマゾンの欲しいものリストから買い物する係、ブログ更新係、SNSのパスワード管理係。残念ながら専門学校で学んだことや、就職してから磨いたスキルは一つも使わない。

 いや、よく思い出してみよう。確かSEだったころも本業の設計書の解読やら設計書作成について、お客さんから感謝されたことは一度もない。仕事だからそうかもって思うけど、一方でExcelやWordの効果的な使い方、特にショートカットやファンクションキーの使い方はものすごい感謝された。おかしな話だ。それこそググれば出てくる。そして常駐型の場合、我らが使うパソコンからはほぼGoogle先生にアクセスできないが、お客さんのパソコンからはアクセスできる状況だというのに。

 現場から離れた今、ExcelやWordが、アメーバブログGmailやアマゾンになっただけなんだなと、思い至った。

 いつだったか、AppleIDのパスワードが分からなくなったと友達が言ってきたことがあった。再設定ができないので手伝ってほしいと。お安い御用よと手伝ったが、その時設定したパスワードがほぼ文章だった。こりゃまた失くすなと思った。でもあえて言わなかった。私は、試行錯誤や四苦八苦があって初めて効果的なパスワードの作成ルールが自分のなかで培われるものだと思っているからだ。

 でも多くの人が嫌がる理由もちょっとわかった気がした。自らが恐ろしくハードルを上げている人も少なくないのだろうと思う。

 パソコンはちょっとやそっとじゃ爆発しない。カード情報の入力もしていないのにカードが使われることもない。入力していない個人情報が盗まれることもない。

 それより怖いのはSNSへのリアルタイム投稿(写真付き)だよ。なにかあるとしたら、その種は自らがばらまいていることの方が多いんだよ、と私は思う。

 私が持っている資格を有効に使おうと思ったら、IT関係の仕事に就く以外にないと思う。しかし私は、終わらない雪かきどころか宇宙のデブリ回収(宇宙のごみ拾い)にほとほと疲れた。だからやっぱり戻ろうとは思わない。

 資格を取ること自体に投資もしてもらったし、時間も書けたし努力もした。でもそれ以上に(いやむしろ、それ自体はほぼ感謝などされることがなくて)、現場で身に着けた「ニュアンスでしゃべられる要求を聞き取る能力」が最も役に立っているように思う。それはそれで当然嬉しいことなのだけど、なにやら釈然としないのでありました。

 今後磨くとしたら、要求に対しての答えや行動を、相手の満足度に比例させる能力かな。はがき印刷が上手にできないという人に対して、印刷設定の方法を教えるよりも代わりにやってあげたほうがいい、ということのように。ああ、まだ自分主体から離れられない。人の為より自分がしたいようにしたい。修行が足りないなあ。