生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家4年目~

面接のために弾丸帰省してきた

 おはようございます。昨日は島まで行って帰る、弾丸ツアーでした。といっても私は助手席で寝ているだけだったんだけど。

 ここ数年、移動することが多かったので酔い止めは欠かさない。もちろん酔わないこともあるけれど、それは蓋を開けてみなければ分からないことで、できれば酔いたくないので酔い止めをあらかじめ飲む。飲むと眠い、だからぼうっとしたまま一日が終わり、体調は最高ではない状態のまま寝ることになる。

 気持ちの問題だよ、酔うかもって思うプラシーボ効果だよと言われることもあるけれど、過去何度か道の駅で、サービスエリアで、1時間以上ゲロ下痢休憩で誰かを待たせたことがある身としては、安易に考えたくないところである(船酔いだけじゃなくても脱水で倒れるほどに乗り物酔いって怖いんだよー)。

 ちなみに、N-BOXにはバックカメラが付いているので駐車の際はとても便利になったのだが、2,3回車を入れなおしていると酔う。山道だったら運転してても酔いそうな気がする。

 さて、乗り物酔いの話はいいよ(言い足りないけど!)。

 面接のための弾丸ツアーということで、14時ぐらいに島に到着し、15時半に島を離れるという強硬スケジュールだった。こんなに早く島を離れたことはない、人生初の経験だった。

 面接は、形式ばったものではなく気楽にということだったけれど、見るからに形式ばっていてちゃんとしていた。松山市の偉い人が2人、段取りしてくれた人が1人、島の役場勤めの人が1人、入る地域の総代と副総代という面々を前に、塩鯖が一人で頑張ってきた。

 自己紹介をと言われたとき、私も心の準備はしたのだけど、先方の心配は「新しく地域に入る人」に集中していたので、塩鯖が一人で頑張ることになったようだ。

 塩鯖は汗をかきながら頑張ってくれた。ありがとう。

 私たちは移住者用の住居に入ることになっているだが、その後定住するのか否かというのがとても大事なようだ。一年だけのバカンスに部屋は貸せない、ということかもしれない。事実、島に嫁入りして数年で嫌になって出ていく人が何人もいる。もちろん、そのまま住み続けている人もいる。でも、移住者じゃなくても出て行っちゃう人も少なくないのが過疎地だ。

 先日も友人と話していて、田舎に移住するのは難しいところがあるという話をした。友人のお友達は高松市から綾歌町のどこかに引っ越したそうだけど、結局地域になじめず出てしまったそうだ。その理由は、いわゆる地域行事やら割り振られる役割やらが面倒だったということだけど、そういうのがある地域とない地域とがあるってことが、分かっていても思った以上に「面倒くさい」と感じるのかもしれない。

 こういう問題を目の当たりにするたびに、核家族化が思い浮かぶ。核家族化によってもたらされた「個人主義」の弊害のひとつに「他者との距離感が分からない」があると思っている。それは想定外に大きな弊害で、現代の人たちの多くが感じている「人間関係のわずらわしさ」に直結していると思う。

 立ち入られるのが嫌だから、自分も他人に立ち入らない。それで一生が過ごせてしまうようになったのが、今の時代。そして不愉快さも口にできるようになった、不寛容な時代。

 人は一人きりで生きていけない。だから他人ともかかわって、時に不愉快な思いをしながらも立ち入ったり立ち入られたりしながら、暮らしていくものだと思う。摩擦が起こらない人生なんてないってことだ。今はその摩擦を必要以上に恐れていたり、不愉快にならないよう、不愉快にさせないように日々消耗している気がしてならない。

 田舎の人間関係はかなり密だ。だって生まれた時から知ってる人ばかりなんだもの。そこは仕方がない。そこに他所から来た人が入るということは、一定の疎外感も感じる時期があるだろう。だけど田舎の人がみんなそろって同じように遠慮がちでもないし、不躾なわけでもない。個々それぞれに違う。だから一概に「田舎は閉鎖的」とか「保守的」とは、私は言い切れない。

 そして絶対的に人が少なく公共のサービスも行き届いていないから、人々の助け合い頼みなところがたくさんある。だから自分に得がなくてもやらねばならないときだってある。それを面倒くさい(関係ないのに)と思う人にとっては、かなり辛い暮らしになるのかもしれない。

 かく言う私も、若いころは「モノじゃなくてカネでくれよ!」とか思っていた。でも今は違う。モノでくれるということは、そのモノにかかわった時間全てをくれるってこと。それはカネも同じなんだけど、もらう側が選ぶことって気持ちがいいものじゃないなって思う(それもガキの分際で! 父母ごめん!)。

 なにはともあれ、塩鯖はあのコミュニティーに入る。あのコミュニティーで居場所を確保している父は塩鯖をとってもかわいがっている(役場まで来ちゃうほどに。用事があったらしいけどね)。だから安心と言えば安心だけども、私は彼を全力で支える。そう心に決めた一日だった。

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 今日はバレンタインデーということで、昨日総代と副総代にチョコを渡してきた。きっと誰よりもかまどを愛している私。だからチョコかまどである。父にはプレミアムも付けた。お持っている以上にチョコだからこれ、美味しいよ。かまどのシーズン物の中では、チョコかまどと桜かまどがとても美味しいと思うわよ。

kamado.co.jp


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 ちなみに友人というのが面白い人で、彼女の友人も面白い人が多くって、そんな面白い人たちが集まるイベントがこちらです。古民家を一軒丸々貸切って、彼女の好きな人だけを集めた、誰でもOKではないイベントやります。私も出ます。私はたぶん一日中あちこちで音とダンスにまみれながら、時々星読みをします。

www.facebook.com

2/24 10:00~17:00 

 入場に500円。この建物とっても素敵だから入ってうろうろするだけでも楽しいと思う(もうウロウロしてきたよ)。

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 島本理生さんがテレビに出て、宮沢賢治銀河鉄道の夜について語っている。後半はすごく宗教観が強いんだと。いや、賢治は全部の作品で宗教観が強く表れているよ。この人、出たての頃はけっこう好きでたくさん読んだんだけど、突然嫌悪感が出て読むのをやめちゃったんだ。なんつーかな、願望が出過ぎているんじゃないかと思って。

 きっとその願望は私にもあったから、余計に嫌悪感が強まったんだと思う。今日の番組で見た島本理生さんについて、塩鯖が「この人は早くに才能が開花してしまったから、成長が追い付かなかったのかもしれないね」と言ったので気が付いた。確かにそういうところを感じる。カマトトという言葉の意味をどれだけの人が知っているか分からないけど、カマトトなところが嫌いだったんだ。

 でも、とてつもなくピュアなままに、突然大人の世界に放り込まれて、なんで?どうして?を言うこともできないままに今に至ったんだろうって。それが今、ようやく精神と体が一致してきて、今本当に社会にデビューしているんだろうと思った。

 そう思うと、彼女の小説にはやはり手が出ないけれど(笑・こういうところが頑固な私)いいインタビューに出会えたなと思った。