ロクス・ソルス
- 作者: レーモンルーセル,Raymond Roussel,岡谷公二
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2004/08
- メディア: 新書
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「SFの質問」から便乗での個人インタビュー失礼します。初めまして。質問者とは別人なのですが、もしや、攻殻機動隊がお好きな発言と照らして、「アフリカの印象」「ロクス・ソルス」で評価の高いレーモン・ルーセルはSFと捉える事は可能でしょうか?もし、よければ詳しくご意見を伺えたら幸いです。いきなりですいませんでした。
インタビューありがとうございます。遅くなりました。申し訳ありません。ロクス・ソルスを読んでイノセンスを見てました。このインタビューを頂いて、ロクス・ソルスを知るまでは、イノセンスとの繋がりさえ気づかなかったあんぽんたんです。固有名詞を覚えられない残念さが我ながら素敵です(違
まず先にお礼を言いたいです。インタビューをもらわなかったら、まず手にとっていません。だからありがとうございます。大変興味深く読み始めた直後にブログでぶつぶつ言ったぐらいです(http://d.hatena.ne.jp/cimacox/20130201/1359731699)。宣伝ではないので読まなくていいですよ。殴り書きです。
では、まず「レーモン・ルーセルはSFと捉えることが可能か」ですが、わたしはこれをSFとは言いがたいです。読み始めてしばらくして脳裏によぎったのはダリです。こういう文化の流れの区切りは明確に分からないのですが、この世界観はシュル+デカダンだと思いました。絵にするとサイバーパンク的になるかもしれません。でもわたしの脳みその中では完全にダリやピカソでした。
カントレルの発明品の数々は科学です。サイエンスです。うむ。しかしわたしはこれを小説と呼びがたいのです。小説というよりは図鑑とかカタログのようなものです。想像力と読解力のなさが露呈した気がしますがいいです。だってそう感じたんですもん。ひとつの「作品」なんです。完璧に額縁で飾られたひとつの「作品」なんです。
しかし、この世界を確立して一つの作品として提出していることは驚異的とも言えます。概念そのものを「ひとつ」の形にしているわけですから、実験の局地とも言えるんじゃないかと思います。言語の表現の限界に挑んでいるように見えるんです(原文で読めないのが残念だと思いました)。で、あくまで物語でない。フィクションとは、という話しになりますが、すごく個人的な意見ですので気に障ったら申し訳ないのですが、物語は「存在するだけ」では成立しないと思っています。落ちがどうだとかキャラがどうだとか、わたしはまったく頓着がありません。でも、物語とは人を動かす力があるものなんじゃないかと思ってるんです。ああ、なんだかすごくダサい。すみません。先に述べているように、これは図鑑とかカタログ、あるいはあらゆる物事の起点になる部分ではあると思うんですが、それ以上のものを感じなかったのです。
音楽で例えると、坂本さんとかブライアン・イーノみたいな感じです。ジョン・ケージは無音しか知らないんですが、そんなところです。うん、音楽っちゃ音楽なんだが、せせらぎとか笹のざわめきとか無音とか、ちょっと音楽とは言いがたいぜ、と思うんです。連れが音楽マニアなのでときどき「実験」と称して「実験」音楽をわたしに聞かせるんです。先日はジャズとレゲエを混ぜてる感じのを聞かされまして、うん、無理と答えたばかりです。
脱線しました。
攻殻機動隊シリーズはテレビシリーズもありますね。テレビシリーズは神山さん色が強かったなと思います。それはそれで好きなんですが、押井色が強いほうが断然好みです。なぜか。それは彼の思想や表現、センスや向かっている方向が好みだからだと思います。理由ははっきり言えません。ニルスから無条件に好きとしか、言えないから(でも全部見てるわけじゃないです)。
SFの質問では、わたしは随分とサイエンスではない方向の答えを出したなと思っています。八杉さんのDeliveryはハードSFとして素晴らしいと思う。でもわたし「が」選ぶとき、サイエンスに特化したもの「だけ」を選びたくないんです。アルジャーノンなんてSFじゃないじゃん、って言われてもいいやって答えたんです。ディックもそうです。カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」もSFっちゃSFなんですよね。クローンがオリジナルを探しに行くんです。なんのため? そこ、それを書いている小説が、そして己にそれを突きつけてくるものが、わたしの中のSFなんです。
なんだか迷走しているかもしれません。そして例によって長いです。申し訳ありません。読んでくれて、インタビューをくれて、面白い作品を紹介してくれて、ありがとうございます!