終わりましたけど、最終回はまだ見てません。こんにちは。
タイトルはドラマの中で柳楽優弥くんが言ってたことです。序盤のゆとりにありがち(らしい)余裕のある社会生活を指しているようです。
最近ね、ゆとりだのゆとりじゃないのだの関係ないところで、社会経験の少なさからくるムカつきを経験しました。人間ってたくさんいるんだよ、君みたいなのばかりでもないし、君よりすごい人ばかりでもない。そして何より伝えたいのは、世の中の人はみんな君のことばかり見てもいないし、考えてもいない。要するに、大勢いるうちの、君は一人なんだ、と伝えたかったです。伝えたところで伝わりそうな相手じゃないのがまた悔しいけど。久しぶりにイライラしながら過ごした1時間弱。最近の私は恵まれているようです。
ビジネスライクな話であれば、単刀直入さは美徳だと思うね。
さて。
先日、バラエティ番組で林修先生が出ていました。片づけられないのか片づけていないのか、良いゴミ屋敷と悪いゴミ屋敷、みたいなの。林修先生はちょっと節操ないんじゃないって思うところはありますが、おおむね話が分かりやすくて好きです。
そこで林先生がマズローまで持ち出して言っていたことが妙に引っかかっている。幸せになる方法だ。
nanigoto.hatenablog.jp
id:titiroboさん、すごくきれいにまとめてくださっていたので使わせていただきます。
引っかかってることはここに書いてある。
1、(自分が)やりたいこと & できること(自己評価ではなく他人から見てもできるということ)
2、やりたくないこと & できること
3、やりたくないこと & できないこと
4、やりたいこと & できないこと
このうち、1と2をやれば幸せになるっていうわけだ。なぜか? この「幸せ」が曲者でマズローさんの出番というわけだ。「自己尊厳の欲求」すなわち「人に認めてもらえるかどうか?」ということ。できることをやれば評価され、嬉しいから幸せってこと。
ここで冒頭のタイトルに戻る。これでいいのかってこと。向上心はどこででも持てるだろうし、苦境であればあるほど実力や結果につながるとも言い難いと分かった四十前。そりゃ楽なことのほうが「継続」はできる。そして継続のすごさもわかってる(プランクチャレンジを完遂して、実に身体が変わりましてね。いやぁびっくりです。引き締まって胴体がタイトになったのに体重は1キロも減らないの)。
この辺はバランスになるのかなあって思うんです。思うんですけど、頑張ってると思っている毎日の中で、この記事のタイトルを思い出したとき、愕然とするのは嫌だなって思うんです。
他者の評価ってうれしいけれど、そして実力の目安にはなるけれど、自分の中の目標のラインを越えることはないような気がするな。そんなに野望まみれでもないけどね。
ここで気づいちゃったが、もしかしてこれ対象年齢違う話なのかしら……。だったら超ハズカシーじゃん。
今の野望は「田舎の広い家(古くてもいい)で犬を二匹飼う」です。世界征服はできそうにないから、引っ込むわ私。ではまた。