生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

久々の発熱

 おはようございます。身体がバキバキする。感覚ではなくて、文字通りバキバキ。背伸びしてバキバキ、腕をあげてバキバキ。一体昨日の夜中に何があったのか。

 怪談でもなく不思議話でもない。塩鯖が発熱したんです。

 昨日は帰った時から顔色が悪かった。数日かけて徐々に調子が悪くなっていったので、来るだろうなあとは思っていたけれど、真夜中3時に39度近い熱。今は解熱剤も効いているようでスヤスヤ寝ているが、やはり持病の薬が減薬されたことも原因だろうか。とにかく今日は朝イチで病院。

 先日、士郎正宗の名前を出したのだけど、私はいまだに攻殻機動隊のコミックを愛読している。トイレに本を置くのがアウトな人がいるのは知っているが、私はトイレに本を置きたい派。トイレに行くたびに数ページ読む。映像版のすべてが一冊に入ってるかのような濃度なので、何度読んでも飽きない。

 1998年の漫画夜話で取り上げられていた動画を見たけれど、マニアックな本をマニアックな人がきゃっきゃしているのだから、結果的にほのぼの番組。ただひとつ、「え、みんなそうだと思ってた」と思った部分がある。作者は全部手書きで書いているんだから、細部まで全部きちんと読むことが前提なのだ、ということ。漫画家ってみんなそうだと思っていたけど、夜話メンバー的には「アシスタントに書かせる人はそんなこと考えてないっしょ」と言っていて、確かにねぇと思った。

 そういう意味で、攻殻機動隊というコミックは士郎正宗の未来志向(未来予想)がすべてのコマに描かれているわけで、それが下手なSF映画よりも細かくて良い出来なので、何度読んでも飽きることがない。

 ここまで書いて、トイレで読書って炎上ネタだよなあと思う。嫌いな人は嫌いだろうし、平気な人は平気だろう。さすがに私も、自分の本以外をトイレに持ち込むことはない。一応「望ましいことではない」認識がある。トイレと同じく、私は風呂にも本を持ち込むのだけど、自分の本だけだ。水分で紙がしなしなになると言われたが、我が家の本はおそらくどれも一度は風呂に連れていかれている(トイレ本は選抜メンバーだ)が、しなしなになった本はない。のぼせやすいから換気扇回してるからかな。

 三上という考え? 言葉? があるそうだ。「文章を練るのに最適の三つの場所。すなわち、馬上・枕上(ちんじよう)・厠上(しじよう)。」だそうだ。分からなくもないが、枕上だと寝てしまうので、枕元にはあまり本を置かない(塩鯖は寝る前に読むので置くけど)。いろいろである。

 でも思うんだ。トイレも確かに衛生的な場所ではないだろうが、スマホの画面ってどうだ? あるいは手。私は発酵にうるさいくらいなので、食材を触る時は必ず手を洗うし、レシピが必要なら印刷する。しかし、スマホの画面をいじりながら料理する人もいるそうなので、そっちの方が驚く。なにもかもが発酵してしまいそうでね。ちなみに野沢菜の漬物は一週間ほどしたら発酵してしまったようで、私は食べられなかった(塩鯖が食べてくれた)。

 どこが気になるかは、その人次第ということなのかな。っていうか、これを引き合いに出したら間違いなく炎上するでしょうね。