生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

なぜだろう、今私の周りは荒れている

 おはようございます。フェーン現象ってすごいね、フェーン怖いね。昨日は本当に暑かったよ、今日は涼しくいい感じ。起きて2時間だけどもう眠い。

 最近私の周りが荒れている。私は全然荒れていない。けれど周りが荒れると巻き込まれることもあるわけで、ちょっと引っ張られたり予定が狂ったりしている。だからかな、妙な疲労感(巻き込まれ事故に遭ってる人たちは眠れないほどだろうから、私のそれは大したことないんだけど)。

 動物愛護ボランティアの印象ってどんなんだろうなと思う。私はちょうど一年ぐらい前から参加しているのだけど、やっぱり「子犬子猫に囲まれていて」「多少毎日が祭りのように賑やか」であっても「基本的に命を救う活動をしている」のだから「みんないい人に違いない」と思っていた。この先入観に関して、大間違いだったとは思わない。多かれ少なかれ、全部当てはまる人たちが活動していると思う。

 業界の常識は世間の非常識という言葉がある。私が長らく居座ったIT業界でもあるし、造船業界でもあったし(馴染む前に辞めたけれど)、魔法の仕事でもある。そして、ボランティアの世界にもあると私は感じている。

 荒れ狂う周りを見て思うのは、やはりどの業界にも「ああ、いるよねー、そういう人って」がいるのだ。業界によって人種が違うなんてことはなく、だいたい度の世界に行っても一定量の「いるよねー」がいて、「普通だよねー」がいて、「君たちすごいなー」がいる。この割合はきっと地球上の黄金比なのだ。

 今回の「いるよねー」はいわゆる「かまってちゃん」だ。かまってちゃんが叫んでいるうちは放っておいてもいいのだけど、誰かに害を及ぼし始めたらかなり面倒くさい。でも私は知っている。身体に爆弾巻き付けてきてやったぜって意気込むときそれはほぼ空砲であると。自爆する気ならわざわざ豪語しないだろう。

 全体的に、関係ないしってほうっておいてもいいんだろうけどね。自分の益のためというより、ここは力を惜しむところがじゃないかなと思って、珍しく首を突っ込むのです。明日の夜の会合、ファミレスで寝るかも。

 三国志を読んでいる。関羽が死に、張飛が死に、黄忠が死に、馬超が死に、そして趙雲が死んでしまった。諸葛亮老いてきている。終わってしまうのが寂しい。時の流れの無常さと、人を動かすものの強さを感じる。