生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家一年目~

塩鯖、ダウンの巻

 こんにちは、久しぶりに塩鯖がダウンしまして、今朝は運転手してました。おねつがあるのでやすみまーす、とも言えないのが会社員の辛いところ。やることだけはやり遂げて、お薬もらって塩鯖は寝ています。良かった、インフルエンザじゃなかった。

 ここのところ、塩鯖は忙しかったのです。私は実家に帰ったりしててあまり顔を合わせていなかったけれど、実は出張三昧。四国内の出張のほとんどは車移動なので、移動中に休むこともできない。体調が良ければ気分転換のドライブになるけれど、疲れがたまってるとちょっと怖いね。そんなわけで、好きなだけ眠らせてあげようと思います。

 私のぎっくり腰は昨日からかなり良くなり、今日はしっかり運転手できました。しかしだな、迷子のポスティングが行けていないのが悔しいんだが、仕方ないな。

 さて!

 発熱する一日前、昨日の塩鯖はとても機嫌がよくて、いろんな話をしてくれた。二人で晩ご飯を食べながらさんま御殿を見ていたときのこと。「信じられなかった若者・おじさんおばさんの言動」のところで、「怒られ慣れしてない若者」の話になり、19歳の若者が「大人なら感情をコントロールして言ってほしい(怒るなら、僕に分かるように諭してほしい、みたいなニュアンス)」と言っていたところ、塩鯖が毒鯖。

「理論立てて対話したいって、対話にならん残念な理解力だろうからな」

 きっとそうでしょうね。まぁ、これぐらいなら年齢にかかわらずと言えるのだけど、おっさんおばさんとひとくくりにするあたりですでに面倒くささが満載です。まぁ、自分も若い頃があったから分からなくもないけどね。

 ストライクゾーンに球を投げてくれ、というのも分からなくもない。けれど、それしかキャッチできないとしたら人生損をしている。デッドボールもご馳走様と言えるぐらいならば人生はとても豊かだと思う。私もかれこれ合理化の鬼だったし無駄は悪ぐらいな時期があったが、今はそう思わない。なぜなら私の人生そのものが大いなる回り道のように思えて仕方ないからだ。デッドボールがご馳走様だったんだよなあ、って今頃思い始めてきた、というわけだ。だから19歳の彼は年相応なのかもしれない(理解力は年齢と関係することなく、素直さと関係していると思う)。

 毒鯖が発動すると、毒々しくて面白い。ただ、これが私に向かうと最高にイライラする。直接毒を吐かない代わりに、最高のイライラをプレゼントしてくれる。素直にイライラしてキー!! となってる私を見てとても幸せそうに笑う。それはもう、とてもとても幸せそうに。