生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家4年目~

雑記・忙しさにかまけて

 こんばんは。気づいたら一週間ぐらい過ぎちゃってしまう今日この頃です。仕事はだいぶ流れが分かるようになり、少しばかりこなれたところでしっかりミスって勉強になりました。

 この仕事をするようになって、本当に好きなことを仕事にしている人たちの、仕事中の清々しい顔はいいなあと思います。私も結局好きなことを仕事にしていたわけだけど、したいことだけができるわけでもないし、あの頃は「オレこれしかできねぇし」と思っていたので(損してた気分だよ)、あれほど清々しい顔でもなかったかもな、と思います。でもね、だからと言って悩みがないわけでもないんだわ。そう、悩みなんて牛筋を下茹でしているときのように出るもんなんだ。悩みがあるから不幸だと思う思考回路が不幸製造機なだけなんだと思うのよ。そんなもん捨てちまえ。

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 少し前に「権力と戦うことが正義と思っている人は意外と多いみたい」とつぶやきました。おおむね、利権や政治やカネという言葉が好きな人が多いようです。それについて、関西電力の弁護士さんたちは悪と戦っているけどあれもヒーロー気取りだというのかというお叱りが遠回しに来ましたがスルーいたしました。

 世界は一つの物差しで「はい、あなたは悪いです」「はい、あなたは良いです」と分けることができないようなところです。だから正義ってひとつじゃない。だから誰かにとっての味方は誰かにとっての敵にもなる、流動的なものなわけだ。私は世界を自分の正義で清廉潔白にしたいわけじゃない。

 デスノートという原作がコミックの映画があるけれど、私はあの作品に関しては映画が好きです。なぜかというと、ラストシーンあたりでライトくんの父のセリフが好きだから。

確かに、法律は完璧ではない。
なぜなら法律を作った人間が完璧ではないからだ。
それでも、私は法律が正しさを導いてくれると信じている。

 もし人間が完ぺきな存在であれば、法も秩序も必要ない。不完全なものどうしが今こうして世界を作っているんだと思ったら、この世界に無関係なものなんてないし、だからこそちょっとずつ自分の正しさを見つけて世界をよくしていきたいな、と思うんです。間違ったら誰かが教えてくれる、そういうあったかい世界をね。

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 グレタさんの演説? をちらっと見た。そして環境問題について研究している方の意見がとても参考になった。彼女の国連での言葉は大人バッシングにばかり気を取られてしまったよ。本当にそれが言いたかったことなんだろうか。

note.mu

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 正しさ合戦は不幸合戦に似てる。勝者もいなければ実りもない。不毛なだけだ(文明人の悲しい暇つぶしなのかもしれない)。

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 3日前に買った白菜の漬物を、今日食べてみたところ発酵が進んでいるようで酸っぱい。そっち系だったのかい。でも冷蔵庫保管してたんだけどな。非常に悔しい。本当は朝鮮漬けが食べたいんだけど売ってない悲しさ(仕方ない、作るか)。

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 タウンシップというスマホゲームをしている。HeyDayみたいなやつ。あの頃はまだオーダーを覚えきれていたが、今は最大でも3つぐらいしか覚えられない。3つというのも相当調子のいい時だ。確実に退化している。