生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

9月になりましたね

 11日も過ぎて今更かい。今更だい。9月になりました。

 台風が通り過ぎましたが、たいした被害もなく無事にみかんも育っています。むしろこれから怖いのは、秋の長雨。あれだけ雨が降らなかった夏、なぜ秋になったとたんに雨が降るのか。その理由は分かるものの、不思議でなりません。あれだけ欲しかった時は降らなかったのにな。

 今日は終日雨です。明日はどうだろう(予報では今のところ雨)。

 そう、雨雲レーダーとかお天気アプリについて。あれってすごい精度じゃないですか。その分、直前までわかりませんよね。個人的には多少間違ってもいいので、雨が降る時は「降るかもよ」をにおわせておいて欲しいのです。なぜかというと、洗濯物よね。うちの乾燥機壊れてるからさ。

 先日、昼の12時ごろ10分未満の時間で大雨が降りました。その時私は洗濯物を外に干したまま松山市に行ってました。ええ、びしょびしょです。強い雨だったから泥まで撥ねててひどい有様。天気予報では曇りだったのにな。

 そういうわけで、ちょっとでも降りそうなら「降るかもよ」を教えて欲しいんです。といってもな、求められているのが直前でもいいから正確な天気なんだろうな。それも分かるから辛い。辛いよ。

 さて。

 昨日塩鯖の友人たちが遊びに来てくれました。日帰りだったのでバーベキューしたり畑にご案内したりで終わってしまいましたが、お二人とも楽しかったようで何よりでした。気温も35度超えなんてことはなかったしね。35度超えたらバーベキューとかしない方がいいと思うよ(命のために)。

 みなさんと様々な話をしたのだけど、その時思ったこと。今、みんなそれぞれに揺れているんだなってこと。いや、今に限ったことじゃないだろうな。親が敷いてくれたレールではヤバいかもしれないと気づき始めて、銀行も大手企業もつぶれるときはつぶれるのを目の当たりにして、自分が所属する場所も危ういかもしれないと思い始めて、でも親が敷いてくれたレールみたいなものはどこかにあるんじゃないかという可能性を捨てきれなくて、正解を求めてさまよい始めた時期から。1990年代後半から2000年ぐらいまで。

 それまでに、自分の意思を貫ける筋力を鍛えてきた人は良かった。何も変わっていないから。でも、知らず知らずのうちに、あるいは無意識に、親の庇護から一人きりで出たことがない人達があぶれ始めた。就職氷河期世代もそう。親と共に、道を見失ってしまった。

 私は自分の意思を貫ける筋力が鍛えられてきた人に「良かったね!」とは言えない。そうせざるを得ない状況が、それまでの時間にあったということだから。それは過酷な時間だっただろうと思う。その過酷な時間を孤独に耐え抜いて、自分なりのサバイバルをしてきた人達なんだ。傍目から見てどれだけ恵まれているように見えたとしてもね。

 かといって、信じていたものが失われつつあって不安で動けない人に「チキンめ!」とも言えない。私だって何年もそうやって動かずに過ごした。分からないのだ。分からないときに止まってしまうのだ。今までそうやってきたから、そうやっていたら、誰かが答えを教えてくれてきたから。

 考えようによっては、今ようやく平等に同じ地点に立ったのかもしれない。

 チキン軍は何度も何度も同じ答えを聞いてきた。それは「自分がどうありたいのか、それを体現してゆくべし」というもの。今までの緩い生き方で生きてこられたことを感謝しろ、もあるかもしれない。でも、いずれにせよ人生の指針なんてものは誰かに決めてもらうものではないし、あらかじめ決まっているものでもない。その他大勢の「普通」に紛れて、顔のない自分として生きることができなくなったのだから、自分の意思を伝えてゆくしかない。たとえ拒まれても。否定されても。くじけそうになっても。

 意見を通すことは目的ではない。伝えること、こんな人がいるということを知らせること、こんな生き方をしている人がいるということを表すことが、これからの時代ですべての人に必要とされるスキルだと思う。コミュ障だからとかいってらんねえってことだよ。

 かといって、私はチキン軍が自立軍より劣っているとは思わない。どちらも変わらない。時代が変わっただけだ。人はいつだって時代に踊らされるのだから。

 今だからこそ思う。自由と責任はセット。田舎には便利なものは少ない。けれど自分で作っていけば不便が便利に変わってゆく。その「不便を便利にしたもの」の集まりが都会で、それらはあくまで最大公約数的な「不便を便利にしたもの」に過ぎない。だから自分専用じゃないからいろんなパーツを組み合わせて、パズルみたいに便利を作って暮らしてゆくことをハックとか言うんだと思う。田舎だと完全にハンドメイド、でも自分専用のフィットするものになる。その代わり、強度や耐久性は自己責任。自由であるがゆえに自己責任。

 複雑な最大公約数の群れの中で、誰かが責任をとってきたものを、今「自己」に割り振られているような気持ちになることがある。昭和の終わりより平成は貧しくなり、令和はもっと貧しくなるっぽいことを言う人がいるけれど、根本的に違うと思う。昭和の終わり、今より不便なことはたくさんあった。不平等も不条理も、差別もたくさんあった。でも今はどうだろう。変わらなくないか? でも、多くの人がそう感じていると思わない? 私は、このネガティブなものが広く平等にばらまかれたってことなんじゃないかな、情報と富と同じように、と思っている。みんなで分かち合ったんだ。

 様々をお金で解決した気になっていたツケが表出しているともいえるのかもしれない。本当はお金で解決できないものまで、お金を出した(もらった)んだからと忘れようとしてきたものが、残っているのかもしれない。そうした澱みが、さらにチキン軍を不安にさせているのかもしれない。

 チキン軍と自立軍。ここにソーシャルディスダンスはない。平等に、開かれた場所で、同じ地面を踏んでいる。チキン軍はいつでも自立軍になれるし、自立軍だってチキン軍になることだってできる。実に自由だ。そう考えると、広い広い草原に解放されたような気持ちになるよなあ。