生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

11月が終わりますね

 月報ですかこれは。こんばんは。明日は満月で、今日の朝早く、っていうか夜中に火球が落ちてきたらしいですよ。

 私はというと、みかん農家の繁忙期に突入しています。ええ、収穫です。収穫はとても忙しい。というわけでもないので、単にここの更新はサボっていただけということになります。すみません。ははは。

 とはいえ、やっぱり農業ってのは忙しいものです。一日のスケジュールはこんな感じ。

5:00 起床
5:30 朝食
6:30 身支度終わり
7:00 午前の部始まり
11:00 午前の部終了
11:30 昼食
13:00 午後の部始まり
16:30 午後の部終わり
17:00 風呂
17:30 夕食
20:00~21:00 就寝

 夏よりはずっと仕事時間が長いです。仕事内容は日によって違うけど、だいたいこんな感じで動いています。

 愛媛県は柑橘類の生産日本一ですが、温州みかんばかり作っているわけではありません。温州みかんばかりだったころは、11月~12月が超絶繁忙期で人を雇って収穫していたそうだけど、今は全然違うスタイル。いろんな品種を作るので、収穫期が10月から5月までと長くなり、その代わり密度が薄くなった感じです。でも、よその産地はけっこう品種が集中してるっぽいから、忙しさが偏る感じなのかなあ。そのへんはおいおいと知ってゆくことになるでしょう。

 ともかくこちらは、12月以降がガチ本番です。立て続けに晩かん類の収穫がやってくるからね。しっかり寒くなってきたので、大好きなはれひめや西の香などなど、仕上がりが楽しみです。

 そういえば、引っ越したことも書いてなかったよね。引っ越したんだよね。一か月以上前になるのね(笑)新しい部屋は住み心地がいいけれど、いかんせん物が多いので断捨離します。主にキッチンツールと本。本は宝だと思うけど、もう開かないであろう本もあるからなあ。

 だいたい毎日NHKを見ているか、NHKを聞いています。で、11月の終わりあたりに話題になった「#こもりびと」が気になっています。ドラマ見損ねた。

 私自身も就職氷河期世代だからか、自分自身がひきこもり気質だからか、どっちが理由かは分からないけど、日本の引きこもりは由々しい問題だなあと思っています。私自身は、氷河期世代のいじけモードは抜け出したんだけどね。でもやっぱり気になるのよ。

 で、今朝は性被害者の人の番組をちらっと見て、その前に三島由紀夫の番組を見て(終始美しい人だった)、水木しげる先生のちょっとした番組(あの人に会いたい)を見たのよね。

 で思ったの。水木しげる先生の言うとおりだなあって。水木しげる先生はこう仰ったのよ。

(現代の自殺者が多いことについてどう思うか)
「今の人にとっては、死ぬることが贅沢なのかもしれませんね」

 私とて、ひ弱で頭でっかちの現代人であるからして、とても「最近の若者はすぐに死ぬ(# ゚Д゚)」と断罪するつもりはないけれど、にしてもやっぱり、若さゆえ、生きるエネルギーがあふれてしまうから死に向かってしまうという傾向、ではない方向での「死」が増えたなあと思うのよね。コロナ禍で自殺者も増えたっていうし(しかも女性が特に)。

 思い通りに行かないから死んだ方がマシとか、そういう意味でもないと思うんだよね。今、巷にあふれている「死」は。

 もっとこう、エネルギーが枯渇してる感じがするんだよね。

 でもね、人ってもともとエネルギーを生み出せる存在だと思うのよ。だから枯渇するなんてことは、ありえないんじゃないかって思う。だとしたら、エネルギーを生成する力自体が弱くなってるんじゃないかなって思うんだわ。

 エネルギーを生成する力ってのはなにかっていうと、なにかを「やりたい」って思うことだと思う。それが「世界一のなにかになりたい」でもいいし、「このゲームクリアしたい」でもいい。今よりも先にいる自分にバトンを渡すことっていうのかな、とにかく「今」よりも「先」の時間に進もうとする力がいるんじゃないかなって思うんだよね。

 でも、性被害者の人たちの声を聞いていたら(性被害者の人たちを侮辱したり、否定したりするつもりはないのよ。本人がどうしてたって、どうしようもないことだってあるんだもんね。例えば加害者が親とか、もう逃げ場がないよね。そんな不条理が人生では起こることがある。それは「必要なことだった」と私はとても言えない。だけど、死なないで欲しいと願っています。だって、これから世界は良くなる可能性だってあるんだから)、過去に生きているように感じたし、だからか、生きるエネルギーを感じられなかったんだよね。

 でも生きてたらそんな時間だってある。もちろん私も長らくそういう生き方をしてきた(なんとか器用に社会に紛れて)。でも、気力も体力も、最低限しか起こらないんだよ。それはすごく辛い。人生を有意義に、どころじゃないんだ。エネルギーが少なすぎて「今日を生きるだけで精一杯」なんだわ。

 これっていわゆる鬱状態と変わらない。たとえ早寝早起きしていても、ご飯をちょっとしか食べないとか、日々の活動量が最低限とか、とても健康的とは言えない。

 そういう人が、結構いるんじゃないかなって思う。だから、例えばコロナとか、不景気なんかの「自分の力ではどうしようもないこと」が起こると、詰んでしまう。未来なんて想像する余裕も持てないし、たぶん省エネで生きてたら夢や希望を見ることも、できなくなるんじゃないかなって思う。だって、余剰エネルギーがゼロなんだもん。

 そして、いまの日本も、違う意味で「詰んでる」状態が長く続いていると思う。貯金を食いつぶして、今生きている国民が今の国を背負ってる感じ。だから国も結局のところ「頑張って自分らで考えて自粛して」になっちゃうんだろうなって思う。

 だからね、私は思うのよ。もっとみんな、元気になろうよと。エネルギーは出し惜しまなくていいんだよ、無限にあふれてくるもんなんだよ。「死」は贅沢なんかじゃないよ。「死」はいつでも選べるありふれた選択肢なんだよ。だから簡単に死んじゃダメだ。あらゆる可能性を試して、その中には親から「これをしちゃダメよ」って言われたことがあるかもしれないけど、とりあえずやってみて、考えられる限りやってみて、それでもダメならきっとその先に「死」が待ってるから、「死」に迎え入れられるまでは、なにがなんでも生きようよ。

 生きてたら、辛いこともたくさんある。でも、楽しいこともきっとあったはず。これから先もきっと辛いことだってある。でも楽しいこともきっとある。どっちもあるから、人生って物語は尊いんだと思うんだよなあ。

 三島由紀夫先生だって、コンプレックスの塊だったんだ。スティーヴン・ホーキング博士だって、何もかもが思い通りだったわけじゃないんだ。あの天才だって、この天才だって、同じ一人の人間なんだから、今生きてる人たちみんな、奇跡を起こせるんじゃないかって、私は思ってるんだなあ。

 書いてたらまとまった。明日は満月だね。良い満月を。はよ寝ろよ。