生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 久しぶりに初めての作家さんの本を読んだ。第164回芥川賞を最年少21歳で受賞。デビュー作「かか」で文藝新人賞、三島由紀夫賞を受賞した方だそうだ。朝のラジオで「かか」の話をしていて、すごく面白そうだなと思っていたので、本作を手に取った。

 一番印象深かったのは、その文体。なんとも生々しく、肉っぽく、水っぽく、生きている人間の湿った熱っぽい息を感じられるような、気持ち悪く、息苦しく、独りよがりで暑苦しい。でも、誰もがきっと経験したことのある感覚だと思う。だから、同じ境遇でなかったとしても、飲み込まれるようにこの小説に溺れるんじゃないかと思う。

 長く中二病厨二病?)を患っている身としては、そしてアイドルじゃないけれど「自分だけが分かればいいの」的な推しを長く抱えて寄りかかって生きてきた人間としては、その浅く自堕落な絶望の甘さに、懐かしさを感じる。と同時に、自分がおばさんになったんだなあと思う。強くなった、図太くなった、フィジカル(実生活)とメンタル(心のよりどころ)の両立ができるようになった。それは、歓迎すべきこ

 まぁ、はっきり言ってこの主人公は病んでいる。いや、登場人物みんな病んでいる。カウンセリングなり心理学的な云々で原因は分かるだろうし、今の時代ならその歪んだ自尊心をまっすぐにして満たす方法だって、Google先生に聞けばわかりそうなものだ。

 でも、そんなことにどれだけ意味があるんだろうかと思った。

 うーん、そうじゃないな。治すとか治さないとか、そもそもいらないんだなってこと。こういう苦しみを経て人は世界を広げてゆくのだろうけど、でもやっぱり大事なことはこんな苦しみの中にあるんじゃないかっていうこと。

 きっと誰もが一度は「家族と分かり合えない」辛さを経験し、「誰とも分かり合えない」孤独を経験し、「誰かの期待に応えられない自分への絶望」を経験し、過食なり拒食なりパニック障害なり境界性人格障なり、なんらかの「異常な自分の状態」を経験し、年齢を重ねてゆくのだと思う。

 そこで確実に1つ言えることは、我々の命は、それでも生きようとするということだ。もちろん死を選んでもいい。でも、生きる。命は生きようとする。

 人が生きようとする、ただそれだけであらゆる芸術、文学が生まれ、人の営みから技術や文化が生まれ、この地球を覆い尽くしてもう何年だ。すごいことだな。そんな風に思った。

 理屈ではなく、文体で、それを感じたって言うことが、とても新しい感覚だった。