生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

苗木を植えたり、地べたを這ったり

 おはようございます。定期的に書いてないことを思い出します。夜に寝るのが楽しみになっていて危険。

 さて、昨日前で苗木を植えていた。

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 こちらは一年生(芽が伸びた回数が1回のもの、一番小さいサイズ)を植えるのが主流。場所によっては二年生や三年生を使うところもあるそう。大きな違いは、植え付け後の育成と、身を取れるようになるまでの期間かなと思っている。

 一年生だと最初の2年くらいは実を取らず、木を育てることになる。たぶん二年生でも三年生でも最初の年は実を取らずに気を育てるのだとは思うが、苗木屋さんで育ててもらう分、二年生の苗木の方がお値段は高い。

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 本当に小さな苗木で、根っこなんて細くって簡単に切れそうで怖い。

 柑橘は基本的に浅く植えるそうで、これぐらいで浅植えなのだとか。倒れそうで怖いから深く植えたくなる気持ちもすごく分かる。でも、万が一深く植えてしまっても、接ぎ木の部分(柑橘の多くは台木に芽を継いで苗を作っている)より下の台木をもってググっと引き上げて浅くする。意外と強い根っこ。

 苗木を植える=苗木用の穴を掘るなのだけど、これがかなり大変だった。というのも、場所によっては土が固いのだ。圧縮ゾーンに当たると掘ってるというより削ってるという感覚すらした。

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 恐らくそういう場所を掘るための機械であろうものが、うちにあった。こんなもんがあるなら早く出してくれよ父上殿。と思いながらも、けっこう重いし、混合で動くものだからかなりパワフルだろうし、見ての通り凶器のような形なので私一人ではどうにもできなかったであろう。

 無事に苗木を植えることができ、そしてこの日記を書き始めて3日目の今日は雨であるから、苗木もしっかり地面に馴染んでくれているといいな、と思っている。

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 苗木の植え付けが終わったので、剪定ガラを埋めるために穴を掘ろうかと思っていたところ、カラマンダリンの畑でのお仕事を仰せつかった。現在のカラマンダリンの畑はこんな感じだ。実・実・実。ともかく実。

 ゆえに、この畑の中を動くにはほぼ這いつくばらないといけない。あんまり乱暴に歩くと実が落ちてしまうのだ。

 もちろん真冬に取れる温州みかんも乱暴に歩いてはいけないのだが、今年のカラマンダリンの量は度を越しているように思う。豊作なのはありがたいことなので、大変ながらも喜んでいるのだが、身体は正直なもので、這いつくばった翌日は金縛りにあってるんじゃないかというぐらい体が動かなかった。

 それもこれも、体力がないからだろうなと思っているので、30日スクワットチャレンジの二周目も200回に到達したのだけど、体力が付いたのか付いていないのかは明確ではない。明確ではないから続けようと思う。

 とにかく、体力が欲しい。

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 で、こちらはソメイヨシノが五分咲きぐらいで、山桜が満開なので、今回は山桜の写真を。場所によってはもう散っている。桜は寒暖差が大きくないと開かないのだとか。そして島は気温差が少ないのでソメイヨシノの開花は遅いのだとか。

 全国でコロナの感染者がりバウントしている中、愛媛は夜の街でぶっちぎりクラスター発生で、見たことがない数字をたたき出していた。この空気読まない感すごい。でも、今朝のニュースで見た上野公園。人だらけやんけ、小池さんがいくら心を痛めても、これではグラフが右型上がりのままだろうなと思った。

 私は何の専門家でもないけれど、このぐらいがもう限界なのかなと思い始めている。経済活動が云々という難しい話でなく、単に「我慢してね」の限界なのではないか、と。いんだよ、限界これぐらいなら、これぐらいでいいんだよ。でも、なんだかな。極端に「外にすら出られないわ」」っていう人から、「あ、自分気を付けてるんで大丈夫っす(と県外に花見に行く)」っていう人まで、このあっちの端からこっちの端までな感じが「全体」なんだよなあと思ったら、全体に効くもの(呼びかけや対策など)って難しいんだなって思った。

 不思議だなと思う。大なり小なり、多くの人の願いは似たようなものだろうと思うのに、足並みがそろわないのはなぜだろうね。