生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

収穫三昧

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いつも通り椎茸の観察日記から、もとい猪罠の見回りから本日もスタート。友人が帰って平常運転。

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今日の収穫は久能温州みかん。これは早生の次、中生(なかて)と呼ばれる12月から出荷が始まる。早生みかんは美味しくなったら収穫するけど、中生みかんはちょっと貯蔵した方が美味しい。だから11月に収穫するけど12月から始まる品種。

正直にいうと、私はみかん農家2年目に突入するまで、早生と中生の違いをあまり明確に分かっていなかった。味が違うなっていうのは分かっていたけど、傷みやすさが全然違うのだ。ま、痛みやすかったら貯蔵できんからね。

収穫したみかんは写真のカゴに入れる。大体10キロ弱入る。これにせっせとみかんを収穫し、私はちょっと持ち出しやすいところに置くか、あるいはそのまま放置する。すると夫氏なり父なりがやってきて回収、キャリー(コンテナ)に入れてものラックで畑の外に運ぶ。この係(荷役と呼ぶ)が一番大変なのである。

今日の収穫量は99キャリー。1キャリーが大体18キロぐらいだから1800キロか。うむ、荷役すごい。

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そんなこんなで持ち帰ったみかんは、色付きの良いものとそうでないものに分ける。傷やらサイズやらで分けるのはしばらく貯蔵してから。まずは色分けが先だ。そして色分けで使うのが「選果台」。久しぶりに出した。

この台にはキャリー2、3杯分ぐらいのみかんが入るので、どさーっと入れて青いのを抜き出しつつ、青と赤に分けてゆく。ここまでして、ひとまずが終了というわけだ。

私はあまり重いものを持ったりはしないのだけど、しっかり足腰がへとへとになる。でも、この収穫のために一年間頑張ったんだからなあ。でもでも、収穫しただけじゃお金にならないから、出荷なり販売なりしなきゃならんのだなあ。ああ、農業ってすごい。

一泊二日で親友が遊びに来ていた。というのは先に書いたけれど、久しぶりに友人に会って思ったことがある。それをぼちぼち書いていこう。

・マスクをしてると人の見分けがつかない

→当然だが、1年ぶりだから髪型なども分かっておらず、さらにマスクで顔がほぼわからず、そして私の目も記憶もポンコツになってきているので見分けがつかない。見知らぬ人2人に手を振っていた私。

・歳をとるのは楽しいということ

→彼女と出会ったのは20代後半で、ちょうど人生の波乱のど真ん中みたいな時だった。そして目の前のこと全てにがむしゃらだった30代はお互いが独身で、一緒によく旅に行った。そんな時間を共に過ごしたもの同士、40代は一つ一つに集中できるから、人生が楽に楽しくなったねと言い合った。どういうことかというと、彼女の場合なら「職場では教える立場、でもプライベートジムに行くと教わる立場。そういう立場の違いとかその瞬間の役割の違いを、楽しんで集中できるようになったから、40代はいいなあって思う」ということだそうだ。こう聞いて、私はこう理解した。「一つ一つに余裕を持って、求められている役割とか、今何をしているのかっていうことを、理解して取り組めるようになったから、ほんと40代っていいよね」そうなのだ。いちいち張り合ったり勝とうとしたりしないから、すごく楽なのだ。楽だから楽しいのだ。ビバ40代。

・何歳からでもスタートできる

→彼女はちょっと珍しいお嬢様タイプで、アニメは見ない人だった。ジブリもディズニーも見ない。だけどなぜか鬼滅だけは見ていたのだ。驚いた。あれだけ流行っても絶対アニメは見なかったのに。まさか40代半ばになって「炭治郎がね」なんて聞くとは思わなかった。なお、鬼滅の後継と言われている呪術廻戦も見ているそうだ。人生何があるかわからない。加えて彼女は筋トレをしているそう。ダンベル片方8キロとか言っていた。マジかすげえ。そしてあの名言も言った。「筋肉は裏切らない」

 

生きてるといろんなことがある。いいこともあれば悪いこともある、とかいうけれど、実際そんなことさえどうでもいいぐらい、いろんなことがある。私ね、思うんだ。多分死ぬ直前に「人生でいいことと悪いことと、どっちが多かったかな」なんて絶対考えないだろうなって。どんなに正確にカウントできる人がいても、閻魔様が教えてくれるのだとしても、そんなことはどうでもいいって思うだろう。

大事なのは、その数とか大きさではなく、どんな出来事も然るべき時にちゃんと昇華することなんじゃないかな。もちろん、頑張ったところで自分の意思では昇華できないこと(時間がかかること)だってあるだろう。それでもいい。過剰に執着して、あえて忘れないように毎日思い出してとらわれたり、後悔や懺悔の日々を送らなければいいんじゃないかな。だって、どうせいろんなことがあるんだから。恨みつらみまみれであっても、能天気に笑っていたとしても、いろんなことはやってくるから。

楽しく、前を向うという気持ちだけを大事にできたら上出来なんじゃないかなって思う。