生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

有言実行できない

こんばんは。なぜ日誌を続けられないのか! 怠惰だからさ。鉄板のガンダムネタです。

今日も今日とてサンテかけ。午前中にようやくせとかのサンテをかけ終わり。

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実際は両手でやるものだけど、写真撮るために片手になってます。こんなふうに、ひたすら果実に布をかぶせてゆく。

サンテかけという仕事は、ただただコツコツコツコツと繰り返していくだけなので、良い具合に集中できるとゾーンに入る。ゾーンとは、超集中モード。だけどね、こんな高さにも果実はあるから、せっかくゾーン入りしてもすぐに目が覚めてしまうんだ。

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たーかーいー。これ収穫するときどうやろうか?(脚立を使うんだよ)

で、午後からは甘平のサンテかけ。せとかが終わってもサンテは終わらないんだ。

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甘平はせとかよりも収穫が早いけれど、12月で温州みかん類と伊予柑も収穫されてゆくから、このように赤々と目立つ果実は鳥に狙われるようになる。すでにメジロに食べられているものもある。だから早々にサンテをかけて隠さねばならないのだ。

でも、明日は西の香の収穫だけどもね。優先順位が最上級ではないのがサンテかけという仕事。

甘平は1月、せとかは2月の終わりに収穫する予定。

みかんは年に一度しか収穫がないけれど、収穫だけが仕事ではない。収穫が終わっても肥料をやったり剪定したりといろいろと仕事がある。いろいろとずーっと一年中仕事がある。

全ては良いみかんを収穫するためだと思う人もいるだろうが、私は違うと思っている。

農業は継続させてこそ意味があると思う。人が住み、畑があり、人里という人の暮らしが作り出す自然が保たれる。それこそが、大事なことだと思う。

だから収穫のために一年中みかん畑にいるのではなく、来年も、再来年も、できる限りずーっと先まで続けるために、一年中みかん畑にいるんだと思っている。

究極をいえば、農業なんて人の都合に合わせて開墾するわけだから、天然の自然を壊す行為に他ならない。

だから私は「自然と共に生きる暮らし」だなんて思わない。自然の脅威にさらされながら、人間の非力さを思い知りながら、それでも強かに人の力でここで生きていくにはどうしたらいいだろうかを試行錯誤しているのだと思っている。

そりゃあ、都会の方が住みやすいと思うよ。明るいし、なんでも欲しい時に手に入れられるし、原材料ではなく調理済みのものが売ってるし、何より人がいる。大勢いる。

でも、自分に何ができるのかを知るには、農業ほどわかりやすいものはないなと思う。そして自分ができることを一つ一つ知っていくことは、生きていることを思いっきり実感できると感じている。