少し変わった子あります


 たくさんの本を書かれている作家さんですが、シリーズものが多いので遠ざけてました。シリーズものはハマると楽しいと苦しいのが同居してしまうから。

 この本はシリーズものではない文芸、小説です。上品な店で上品な料理で、必ず同席する「変わった子」が出てくる。全然変わってない普通の子なのですが。

 主人公は学者で、友人からこの店を紹介される。店の名前はない。ただ連絡を入れてそこへ行くと、ひとりの見知らぬ女性と食事をする。女将も料理も絶品。だがまったく知らない女と食事する。それだけの店だ。
 この本をもし誰かに紹介するとしたら、自己啓発本を読みあさってる人に勧めたいです。合理主義であることは無駄を排除することではないと、論理的なのに理屈じみた文句ではなく教えてくれる。

 孤独な時間は必要だとわたしは思っている。孤独な時間を知るためには、孤独ではない時間を知る必要があることも分かっている。ただ、孤独と孤独でないとのどちらが好きかと問われたら孤独のほうが好きだと答える。

 131ページ。主人公の友人荒木の言葉。

生まれたばかりの赤ん坊が荒野に放り出され、母にも会えず、誰にも会わず、唯一人で育ったとすれば、彼は一生の間、孤独を理解することはないと思いますよ

 主人公は正しいと思う。と同時ににぎやかな時間を嫌悪しているのか、と自分に問う。わからない。ただ、雨の夜にはそれに到達できそうな気がする。静かな音が豊かだから。

 192ページ。

 仕事の大半とは、突き詰めれば作文である。いかに相手を納得させるような言葉を使って、もっともらしく説明するか、しかも今にも実現ができるような空前の発見であるかのごとく、相手に錯覚させねばならない。真の意味は言葉だけの解釈としてし潜み、偽りのニュアンスが盛大に踊り狂う劇場だ。

 社会のたいていのことはそうだと思う。だとしたら、自分だけの孤独で好きに思考を巡らせる時間はとてつもなく贅沢で、どんな合理主義者にも必要な時間ではないかな。

 出てくる女たちはおしゃべりだったり無口だったり嘘をついたりと様々だ。しかしみな食事の作法が美しい。それは店と女将が完璧なのと同じに完璧だ。完璧だからこそ思考する。

 そんな時間をくれる、お店の話です。