生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家二年目~

電気工事士の資格試験が終わりました

 おはようございます。塩鯖の電気工事士の資格試験が終わりました。勉強を始めて半年ちょっとかな。国家資格だけあって、生半可じゃ受からない試験だったようです。見てるだけでも「こりゃすげえ」と思ったけれどね。

 電気のことなんてなんにも分からない私だけど、電気って間違ったら簡単に人が死ぬし、事故が起こるんだよね。だから国家資格がある。狩猟免許関係もそう。ああ、日本って国はよくできているなと思う。

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 これは今朝の空。雨が降ってたんだけど、この朝焼け。今年は珍しく中国・四国地方の梅雨明けが遅くて、今日も雨が降っている。北海道で30度を超えているのに、嘘みたいだ。

 でもこれが終わったらいきなりすごい夏が来る。もう怖さしかない。怖いけれども、もりもり働きますよ。空調服も調達したしね(父とお揃いだよ)。

 殺人的な夏になって、もう何年だろう。丸腰で2時間でも外にいたら死ぬかもしれないって気候の中で、工夫を凝らして外の仕事をしている人たちのなんと多いことか。本当に頭が下がるし、その体力、精神力はかけがえのない財産だと思う。

脱スピしようという話

 今日はね、チャンスなんですよ。2日目の雨だから!(まとめて書いてやる!!)

 今回は脱スピの話。といっても、完全にスピリチュアルなんて信じないってなったわけではなくて、というか見えないものなんてあるし、いるし、それはそれで信じてるけど、そればっかりにスポット当てるのやめようと思うようになったって話。

 占星学を勉強するようになって、心理学とかも入ってきて、なるほどーそうだったのかーと思うことがたくさんあった学びのグループだったけれど、6月の初め頃に抜けた。理由は、ずっと同じことを繰り返しているように感じたから。

 スタートは「どうして自分は思い通りに生きられないのだろう」というところから始まったけれど、結局のところ「思い通りに生きられないのは自分がそうしているから」というところに行き着く。じゃあなぜ「思い通りに生きられないのか」を探究すると、幼い頃の経験や記憶に行き着く。

  幼い頃の経験や記憶というのは、速い話が「思い違い」や「誤解」だ。幼いがために親の気持ちを理解することができず、短絡的に「言いたいことを言うと嫌われるんだ」と思っちゃったりするって話だ。

 このように簡単に書いてしまうと、なんだ簡単なことじゃないかと思うかもしれないが、これが結構長い間人を苦しめていたりする。言いたいことが言えないと、溜めなくてもいいストレスを溜めちゃうことになるし、自分は嫌われてるとか、空気が読めないとダメだとか、人の顔色が気になって仕方ないとか、そういう副作用みたいなものでも苦しめられるしね。それが「思い通りに生きられない理由」だっていうこと。

 というのがグループでの学びのテーマだった。で、4年目に入って、もうお腹いっぱいかなっていう気になったから抜けた。

 抜けようという気になった理由には、農業に従事しているという現実も関係していると思う。

 何せ農業は現実、体を使ってなんぼだ。できるとかできないとか、できるかもしれないけど自信がないとか、うまくできないかもしれないけど頑張ったらできるかも、なんて中途半端なことは一切いらない。失敗しながらも上手にやろうと努力する、それのみだ。

 だからしみじみ思い出す。あーだこーだとごねていた時期、私はとっても暇だったんだなって(やや暴言ですみません)。

 それと同時に、精神論を延々語るより、現実で何か作り上げたり、成し遂げたりする方が、いくらも確かだなと思った。いや、これは精神論を否定するわけではない。わけではないんだけど、精神論だけでは足りないということが、よくよく理解できたという話だ。

 でね、私は思う。SNSやインターネットを介しての何かって、現実とは言い難いことなんじゃないかって。これは私が古い人間だからそう思うのかもしれない。でも、うーん、やっぱりどこまでもバーチャルなんじゃないかと思う。

 人って、どこまでも完璧ではないと思う。だけどある一面だけなら完璧にやることはできる。その一面だけを見せ続けることができるのはバーチャルだと思う。というか、私はそう思ってSNSも見てる。

 いくら精神面を鍛えても、SNSで活動しても、どこまでも物理的な世界での活動とはちょっと違う気がしてしまう。そうした活動から現実が動き出すってことも往々にしてあるけれど、なんというかなあ、今は本を出すとか、メディアに出るとかも、消費の対象であって、すっごく「もの」って感じがしない、いつでも消えてしまう絵空事みたいに思えてしまうのだ。

 これは多分、何十年もかけて大きくなったみかんの木を見て、触って、自分たちも一年目の木を植えて、育っている過程を全て見ていて、手入れしたり収穫したり、そうすると物理的に体が疲れて果てて寝ちゃう日々だったり、そういう暮らしをしているから思うことだと思う。

 そういう変化もあって、やろうと思っていたブログ作成も頓挫しているし、講師としての活動も頓挫している。頓挫したまま未着手になるのかもしれない。いや、それはちょっと惜しいので、やっぱり何かするだろうけど、それでも今はちょっと先送りしたいなと思っている。

 あと、陰謀論とか反ワクチン、無農薬も、何度も聞いていると疲れてくる。多様性の時代にはわかりあう努力も必要だと言われるけれど、限りある時間をわかりあうために使うかどうかは、その人の人生の優先順位に準じられるのだろうと思う。私は今のところわかりあうための時間にそれほど多くを割くことはできないなと思っている。

6月終わりから7月上旬までの仕事

 よし、こっちは仕事だ。農作業のほとんどは摘果。クラウドは代わり映えのない写真がいっぱいさ。

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 摘果とは、不要な実を落とす作業。柑橘に限らずだと思うけど、作物は適正な量の実だけを、適正な部分だけにつけることなんてない。

 木が吸いあげる水分や、木が生成する栄養分が100だとすると、木の内側や下側など、美味しくならないところについた実にも水分や栄養分が行き届いてしまい、美味しい実に栄養が集中しない。だから落としてやるというわけだ。

 摘果という作業は収穫まで行う。だから今は第一段階。とにかく美味しくないやつを落とせ! という感じだ。

 しかし柑橘という植物は隔年結果する。隔年ということは、豊作とそうでないのが交互に来るということ。今年は豊作気味なのですごく多い。半分ぐらい落としたんじゃないかという気になる木もある。でも、果実が大きくなり始めると「落とし足りてなかったな」と思うんだろうな。

 7月の上旬、今年の味噌を仕込んだ。

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 まず麦を洗う。そして大釜で蒸しながら炊く。炊き上がった麦を発酵させる倉庫に移動し、麹をまぶす。ここまでが初日の仕事。

 今年から自宅でやることにしたので、早朝出勤がないのはありがたかった。しかしずっと火の番をする人が必要なので、すごく暑かったことだろう(塩鯖が火の役)。

 発酵させる倉庫に運んだり麹をまぶしたりもまぁまぁ暑い。暑いけれど発光には温度と湿度が必要だから、暑い盛りにやる仕事なのだ。

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 麦が発酵したら次の仕事。発酵は気温と湿度によって進むので、定期的に見に行くらしい。今回は母が見に行ってくれました(ありがとう! 私は寝てた)。

 綺麗に発酵したところで、桶に入れて塩を揉み込む。これが力仕事で暑い。この白いもふもふも揉み込まれて消えてしまう。けれど発酵は進むので大丈夫なのだ。

 とにかく揉む。この日は父も参戦(力を込めて!もっともっと!と合いの手を入れられたが、私の力では十分に揉めなかった)。

 揉んで柔らかくなった麦を、丸めて桶に叩きつけながら入れてゆく。全部入れ終わったら塩で蓋をして袋の口を閉じて終わり。これでしばらく発酵を待つ。大体一ヶ月ぐらいで新味噌の完成。

 味噌を仕込むときには一緒に醤も仕込む。

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 醤は小麦と米で作る。洗って水に浸しておいて、蒸して麹をまぶし発酵させる。発酵したものを醤油と味醂を合わせたものに漬け込むように浸し、2週間ほど発酵させる。

 醤油と味醂でできているので、甘辛い味。きゅうりにつけるのが定番だけど、ご飯と食べても美味しいよ。

 納豆やヨールグルトが苦手な私にとって、最強の発酵食品です。

 今日まではこんなところ!

 毎年、梅雨になると雨が甚大な被害をもたらす。水は怖い。すぐに増えるし、重いし、冷たいし、信じられないぐらいの量の土砂を流す。だけど降らないと作物は育たない。

 この極端さは何かに似ているような気がする。それが何かを、ずっと思い出せないんだけど。

 やばいと思ったら逃げてね、本当に、命あっての人生だよ。