生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家一年目~

続:木星と土星のワークショップ(謎)

 こんにちは。今日は午後からお休みなので、うとうとしたいところだけども書きたいことだけは書いていおく。かなりとりとめがないと思うので、スルーしてOKす。

 一週間前に、今年を過ごす上でのヒント・成長のポイントと、自分にとって大切なことを探すワークショップを行った。ワークショップといってもオンラインで行うもので、基本的に会話しながら書き出しワークをしてゆくものである。

 私自身が参加したときの感想はこちらに書いた。

cimacox.hatenablog.com

 以前の記事では、このワークショップの概要を「自分の人生の中で繰り返されている、だけど本人が気づいていなかったことを発掘するの」と書いている。

 私はいわゆるワークショップというのが大の苦手だ。苦手だけども、このワークショップ自体はやってみてとても素晴らしいと思ったので、開催することにした。合計2名の方が参加してくださった。ありがたいことである。

 お二人ともすごく真剣に今の自分のテーマとなるものについて考え、一定の周期で向き合ってきた人生の出来事から大切なキーワードを発見し、満足してくださったと感じている。私自身、塩鯖にも協力してもらったおかげで、一人で黙々と考えるよりずっといいものができたんじゃないかと思っている。

 このワークショップ、先に「成長のポイントと、自分にとって大切なことを探すワークショップ」と書いた。正式には「トランジットの木星土星の学び」という。さすがに分かりにくいと思って自分なりに名付けたのだけど、さらに分かりにくいタイトルになってしまった。だからもう一度名前を変えて、定期的な開催をしたいと考えている。

 私自身、占星術を学び続けてきている。今は行きつくところまで来たのか、心理学とか脳科学の内容も盛り込んだ、心理占星学ミックスを学んでいる。

占星学 新装版

占星学 新装版

 いわゆる占星術と心理占星学は似ているようで違うものだ。占星術はどちらかというと統計学の要素が強いのに対して、心理占星学はセルフカウンセリングの要素が強い。

 例えば私が蟹座だからといって、すべての蟹座が同じ経験をするわけではない。統計学とは、経験的に得られたバラツキのあるデータから、応用数学の手法を用いて数値上の性質や規則性あるいは不規則性を見いだすものだ。データの数が多ければ多いほど、有益な規則性が見つかってゆくだろう。

 統計学は絶対ではない。例外ももちろんある。100%ではないが、概ねの傾向としては有効だと思う。けれども、占星術を楽しんだり嗜んだりしている多くは女性で、個人だ。統計学的にいえば「データのひとつ」に過ぎないわけで、そのデータのひとつにしか過ぎない誰かに向けて「一般的には」とか言っちゃうと、一般論を聞きたくて来たんじゃないんですけど、になってしまう。

 ここがいつもモヤモヤしていた。うそはつきたくない、適当なことは言いたくない、だけども事実、私はあなたと初対面で、誕生日しか知らずに一体何が言えようか、って。

石井ゆかりの星占い教室のノート

石井ゆかりの星占い教室のノート

  • 作者:石井 ゆかり
  • 発売日: 2013/11/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 そこでまず思ったのが、表現方法の問題なんじゃないかということ。石井ゆかり先生はいわゆる12星座占いを書いているのだけど、とても抽象度が高くて、だけどやけに具体的で、多くの読者の心をつかんでいる。なるほど、こういうのがいいのか。安直な私はそう思って頑張ってみたが、当然石井ゆかり先生ではないから、劣化版にすらなれなかった。

 そこでたどり着いたのが心理占星学だ。先に「セルフカウンセリングの要素が強い」と書いたが、心理占星学は占星術と目的が異なる。占星術はあくまで星と現実の出来事の一致点を見出し、データを収集して未来を予測したりするのに使う。一方で、心理占星学は自分を知るために用いる。

 例えば幼少期のトラウマについて。誰もが幼少期に大きな喪失を経験している。私の場合、妹の誕生時に「みんなのアイドル」の座を奪われるという喪失を経験した。もちろんろくに記憶はない。けれど、両親や周りの大人が「お姉ちゃんとは良いものだ」的なことを頻繁に言ってたのは覚えている。子どもは単純なので「そうか、お姉ちゃんは良いものか」といい気になって、下の子の面倒を見ようとしたりして、結果的に大人にとってとても都合がいいことになる。もちろん、「お姉ちゃんは返上いたしますから、父母の愛情を以前のように一身に浴びたいです」という子供もいるだろう。そういう子は赤ちゃん返りなどという行動をとるらしい。

 しかし私は元来「真面目でいい子に見られたい」タイプである。だからこの手はとても有効だった。そのおかげで、自分でも「真面目でいい子」の性質を持っていることすら忘れていたぐらいだ。

 この「元来」の部分の特性が「個性」だ。この個性の表れが、ホロスコープに描かれている天体の配置から読み解けるものの一つだ。このほかに、行動パターン、思考のパターンなども星から読み解ける。

 で、ここからだ。私は真面目でいい子に見られたいタイプだから、父母の愛情を一身に浴びたいと思いつつも、いい子にしてないと可愛がられないと思い、自分がして欲しいことを我慢していい子に徹した。でも、所詮子供です。怒られる日もある(だいたい怒られることをしている)。そんな時こう思うのだ。

「我慢していい子にしてたって怒られるじゃん! 赤ちゃんが来たからもう私なんていらないんだ!!」

 誰かに何かを物理的に奪われたわけでもないのに、かなりの衝撃を受ける。これが喪失である。

 私たちはこうした喪失の経験を経て、その喪失を二度と経験しないようにするために、やりたくもないことをやり続けたり、優しいウソをつき続けたり(優しいかどうかは相手が判断するものだと思うんだけどね)、断れなかったり、興味がないふりをして「そもそも欲しくないし」とか言うのである。

 じゃ、これが何に影響するのかって話よね。これは、対人に限らず、あらゆる全て、全部に影響する。

 日々積み重なる人生という時間の中で、大いに入り組んだ矛盾を創り上げ続け、自分のルールや、言いたくても言えないことなどを作り続ける。さらに情報化社会でストレスが増えた代わりに、なんでも検索すれば情報を手に入れることができるようになった。

 そして「こんなときは~すればいい」みたいな話もたくさん知れるようになったと同時に、そうできない自分に失望することも増えたんじゃないかと思うし、また、いわゆる「成功例(自分が思う成功例、理想例)」の姿や声もたくさん見つけられるようになった。それゆえ「こうして成功している人もいるのに、自分はなんてできない人間なんだ」とセルフ落ち込みする人も増えたんじゃないかと思う。

 で、根拠やら実績やらがある自己啓発に手を出すも、頑張り切れずにさらに落ち込み、根拠があるんだかないんだか分からない占いなんかに手を出したりするわけだ(いらっしゃいませー)。

 というのは私の経験で、心理占星学を学んで分かってきた「人生ルート」だ。

 で! 驚くことにここからが本題だ。

 こうした勉強を経て、様々な「自分を理解する」知識を身に着けたので、この講座を開催する側になろうと思う。といっても知識を私が教えるものではなく、ファシリテーター(促進者)として講座を開催するのだ。

 で! この講座を開催するにあたって、6つの項目を提出しなければならない。いわゆる経営理念のようなやつ。これをずっと悩んでいるんです、ってところに落ちます。2月末が提出期限。たぶん2月末までに一度は提出しないとダメ。ヤバい、すげーヤバい。だから書きながら考えているということです、はい。

 

整地と除草剤といろいろと

 こんばんは。夜遅くまで起きてるときは起きている。本当は寝たい。

 今は除草剤をやったり、木を切った畑を整地したりしている。重機が入る畑なら重機でサクッと終わりそうな整地だけれど、うちが作っている畑はどこも重機が入れない畑なので、鍬とスコップでやっている。

 これは整地前。
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 そしてこれが今日の整地後。雨で地面が落ち着いたらまたいじる予定。
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 写真だと全く分かんないなあ。

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 整地といっても、石垣ほど大仰じゃないので、段を明確にするために掘って掘って、場所によっては埋めて埋めての繰り返し。ついこの間まで伊予柑が植えられていた場所なので、掘ったら根っこが出てきて大変。太いしぶとい根っこから、網の目状の細かいネットみたいな根っこが容赦なく行く手を阻む。

 あんまり想像がつかないかもしれないけど、うちの畑はどこも「土」が足りない。土なんて雨で流れ出てしまう。──流れ出てしまう。

「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
 ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
 谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。」
(西條 八十「ぼくの帽子」)

 そんな気持ちになるほどに、土は流れていってしまう。というわけで、この根っこががっちりつかんでいる土ですらも、根っこから外して使っている。だからすごく時間がかかる。

 重機が入れば、お金をかければ、土だって簡単に盛れるだろう。でも、うちは重機が入らない。やるとしたら、肥袋に土を詰めて人力で運ぶぐらいしかない。それはできる限り避けたい(何度かやってるけど、とにかく辛い仕事だ)。

 そんな感じで、整地は地味に進んでいる。

 そして次は除草剤。

 今日はこういう傾斜地だった。ここはとにかく危険な畑。もともとは違う作物を栽培していたらしく、とてもみかんの木が入るような段じゃない。でも無理やり植えているので、人間も無理やりやっていくしかない。頑張ったけれど、除草剤がかかっていないところはあると思う。もういい、手で抜く。

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 除草剤に対して、一部の人は「除草剤を書けたら土の微生物も皆殺しになって不毛の土地になる!」と信じて疑わないようだが、そんなわけはない。例えばこの写真の場所、年に数回の定期散布を行っているが、どうよこのざま。

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 うちはみかん農家なのか、雑草農家なのかって思ってしまう。例えその時は枯れても、土には種があり、またいろんなところから種は飛んできて、ちゃんと芽吹いて育てた野菜のようにわさわさと繁る。虫も除草剤では死なない。殺虫剤じゃないと死なない。だからなにも心配することはない。

 いや、除草剤については、私も実感している弊害がある。それは「地崩れ」。雑草の根が土をしっかりとつなぎとめていてくれるから崩れないでいたところが、除草剤でがっつり枯らしてしまうと崩れることがある。だから一部の雑草には「絶対に除草剤をかけるな」と言われている。かかったらごめんだよ。

 除草剤のほかに、防草シートを使うケースもあるらしい。例えば野菜なんかそうね。平らな土地に規則正しい畝だとできるのだろうと思う。けれども、みかん畑にはあまり向かないと思う。なぜなら、傾斜がひどすぎるから防草シートで覆ってごらん、私が畑の下まで滑り落ちるよ(※傾斜が緩い場所には使ってある。防草シートではなく「マルチ*1」という白い丈夫なシートを張っても防草シート的な役割を果たしてくれる。しかしやっぱり滑るので、とにかく注意して歩かなければならない)。

 というわけで、最近の仕事の様子はこんな感じでした。明日は倉庫でせとかのサイズ分け。比較的肉体は楽で嬉しい。なにがどうであれ、土と戯れるのが一番体力を使うからな。

*1:柑橘においては糖度上昇を目的としている。地面に敷くことで物理的に雨を防いで水分ストレスをかけ、糖度をあげるのである。また白いシートのため太陽光が反射しまんべんなく光が当たるという効果もある

油断するとほら!!

 こんばんは。私は何をしていたのだったか。前回の更新で姫小春を収穫していたんだよな。もうはるか昔のことのようだ。

 最近はせとかの収穫や選別、除草剤、剪定、そして今日は今度苗木を植える畑を整地してきたよ。整地ってもちろんスコップと鍬の人力だよ。だから今日はすごく眠いよ……。整地の写真はビフォーアフターまでとっておきます。

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 とりあえず、今日の整地のお供。規格外の甘平でござる。加工品レベルのものだけど、ちゃんと美味しかった(酸味が抜けすぎてて腑抜けた味だったけど)。

 そういえば尋常じゃない暑さだったね。2月だよ、まだ2月だよ。なんで5月の温度なの。マジで頭おかしい。もう夏の装いで土掘ってたね。

 最近はそうね、もんじゃ焼きしたね。もんじゃ焼き、父が食べたことがないっていってたので、セットを買ってきてたのよね。

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 もんじゃといえばヘラでしょ? ヘラなんて持ってないよね、普通のもんじゃ圏外のおうちはね。だから父が作った。塩鯖はやすりをかけた。これがまぁ良い出来で、絵が長いので熱くならないし、ホットプレートも傷つけない。

 これを小刀一本で作っちゃうんだから、あいつ器用すぎだぜ。と思ったんだけど、そういえば昔、凧を作ってもらったことあるなって思い出した。竹ひごを細く軽く丈夫に作ってくれたおかげで、果てしなく飛んで行った。先生が後で拾いに行くの大変だったようだった。

 今日はそんなことしか思い出せない。バカになっている。間違いなくバカになっている。なぜなら土と戯れたからだ。土と遊ぶととても疲れる。おやすみなさい。