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哲学を見直したとて

 過去の哲学書を見直したとて、今が変わるわけでなし。などと悲観的に始めたりして、こんばんは。

 世の中は矛盾で溢れておる!! と怒ってみても、自分が一番矛盾だらけで落ち込みます。

 例えば眼精疲労。こののツボは常に拷問です。とはいえ、目を使わずにはいられないから疲労するよね、ケアも追いつかないよね、趣味は読書か物書きか。無限ルーム矛盾ゲーム。こういうのが体の一部から四肢、内臓、脳みそ、はては人生にまで及んでくるんだろうなと思います。

 でも、だから「どーしよーもないじゃーん」と言っていてはブログタイトルの如く「じだんだ」で進まない。なのでね、ぽっくり3時間ほど寝てやりましたよ。久々の撲殺睡眠、またの名を強制終了。現実逃避ではなかったな、体が「寝る」っていうから寝たんです。灰色のサルが来たんでしょうか、ね。

 本当の未来は、そこに行かねばわからんのですよね。そして「今」も「今」にきてみないと分かんないんだよね。しごく当然のことなんですけど。

 いきなりですけど、昼寝って嫌いなんです。保育園のころから嫌いだったみたいで、昼寝ボイコットして家に帰ってきていたそうです。恐らく、起きたとき「いつ、どこで、何時なの?」というのが一瞬でも分からないのが不安なんだと思います。

 そんでね、嫌いな昼寝をぽくっとして気づいたのは「今じゃないとわかんないことってたくさんあるんだな」です。寝て、起きて、あーうん、って。全然哲学になってない。でも哲学じゃないすか。サルトルとかフーコーとか思い出したりしたけど、あーでもあの人たち死んじゃってるしね、と思っちゃいました。ごめんなさい。好きなんだよ、好きだけど、いねえんだもん。お問い合わせしたくてもコールセンターないんだもの。

 だから哲学ってどんだけ個人的で些細なことであっても、その人にしかないものなんじゃないかなと思ったしだいです。それを思想とか個性とか呼ぶかもしれないが、考えてる最中は「哲学してる?」としてもいいのかな、と思ったのです。

 そう、考える時間って意図的にでも作ってね、考える価値があるんだよ。その先の未来に。反省と今年の目標ということで。旧暦でお正月です。おめでとうございます。ハッピーニューイヤー。