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「心の痛み」について哲学的に語ってくれますか?

ザ・インタビューズ

 心のありかは様々な人が様々なことを言ってますね。どこが痛むかは人それぞれとして、心の痛みは血肉の悲しみと思っています。痛いと哀しい。

 人間は人間である以上激しさ、鋭さ、狂気はどうしても離れがたいものだと思っています。そうではない人もいますが、ぶっちゃけそういう人はつまんないので付き合いません。あるいはまったく持っていない、わたしからは到底出ない優しい心の持ち主であればそこに惹き付けられますが、それはまぁ、今回置いといて。

 人間の激しさ、鋭さ、狂気はバイオレンスです。バイオレンスと聞くとなにを想像しますか? わたしは暴力を想像します。暴力ってどうですか? 痛いです。北野監督が言ってたことですね。暴力は痛い。彼の映画は一貫してそれです。暴力は痛い。人間であることは痛い。これこそ心の痛みというヤツじゃないかと思うんです。だからね、北野映画を見てドンパチしてるから痛い、確かにそうなんだけど、ドンパチしなきゃやってられない、ってとこまで感じ取ると、ソナチネが愛おしくなるんですよ。ドンパチから逃げて、楽園みたいなところにきて、くだらない遊びで笑って、からからの青空の下で引き金を引く。どれだけの痛みだと思いますか。苦しくて愛しくてわたしは何度でも泣きます。

 同じく深作も感じるんだけど、ちょっとリアリティがありすぎよね。

 というわけで、心の痛みはあるものなんです。

 わたし、古いドラマだけどセックスアンドザシティが大好きなんです。一番好きなのはキャリーがファッションショーに出ることになって「ひゃっほー!」って喜ぶんだけど、土壇場で衣装変えられたり周りがモデルだらけで凹んだりするんですよね。でね、いざステージに立ったとき、ずっこけるんですよ。しかし彼女は立ち上がる。そして彼女の友達たちはスタンディングで拍手、つられて会場も拍手喝采。

 でも一番好きなのはそこじゃないんです。その次、彼女が一人で自分の部屋でファッションショー気取りでモデルウォークをするところ。ダサいパンツではだしです。でも腰をふりふりキャットウォーク。観客ゼロ。気持ちがすごく分かる。強がりじゃない。痛いんです。痛いんだけどそれを許容しているんです。だから観客ゼロの自分の部屋で自分のためにキャットウォークするんです。

 これはちょっと女の子じゃないと分からないかもね。