生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家4年目~

台湾の余韻はまだ続く

 10年前以上にダイエットを意識しているが、サウナスーツは着たことがない私です。おはようございます。

 昨日、ポスティングに行ってきた。四国は雨。Tシャツにジャージ、運動靴という完全装備。その上に、台湾で200円ぐらいで買ったポンチョ型カッパをすっぽりと着て、約5キロ歩き回った。といっても、1キロ分は車で移動してダッシュするという作戦。幸い雨は小ぶりで風もなく、街の中心地はポストが道沿いにあってすごくやりやすいところだった。

 けれども序盤から、自分が水浸しであることに気づいた。Tシャツがぐしょぐしょである。うーむ、雨は小ぶりなのにと思いつつポンチョに頭を突っ込んだら(亀が首をひっこめたみたいな感じ)理由が分かった。汗だ。

 気づけばジャージまで汗だくで足に張り付き、Tシャツはまとわりつき、前髪はべったりと顔に張り付く。多少のそれぐらいならば、私は全然気にしない。だがしかし、私を見かけた人がとても気にする。怪しいor哀れのどちらかで、バロメーター的には振り切れるぐらいの勢いで(玄関先で手作業をしていたおばさまにお伺いをと思って挨拶したら「子供がいるから!」って先に言われた時、私って何者に見えるんだろうかと思ったけど)。

 ここのところ、見た目を気にしなさ過ぎたようなので、これからちょっと気にしていこう。今は顔面の中ほどに穴が開いているんだが(隠せ!)。

 そのかいあってか、ワンちゃんは飼い主さんに返還されたようです。良かったねえ、良かった良かった。

 台湾で買ったポンチョ型カッパは、水玉模様です。決して柄がどうだとか、カタチがどうだという問題ではない。すぐに穴が開くクオリティもまた愛おしいほど、適当で雑で「雨が防げりゃいいだろ」感が満載で、好きなんだけどなあ。

 私が台湾に行ったころ、台湾は比較的が目が多い時期だった。というか、あそこは年がら年中雨が多いだろう。緑が暴力的なほど美しく、雨に濡れた夜の石畳がキラキラしていて、人々は濡れても平気だろうなって感じのラフさ。むろん、私たちも汗をかいたり雨にぬれたりするのだけど、四国のそれとは比べ物にならないぐらい気にならない。




 美しくあろうとすることは、お金をかけることや、何かを省いてまで時間をかけることではないんだろうな。私もいいおばさんの年齢になり、良くも悪くも人目が気にならなくなってきた。こんなときだから、美しくあろうと努めるべきだなって思う。

 ところで。台湾は中国ということになっているが、台湾としては独立国であると主張しているという、ちょっと複雑な国だ。今の台湾がずっと続くとは限らない。今の中国は本当にびっくりするほど技術力も経済力もついた。良し悪しを抜いて平たく話せば、なんにおいても日本なんて軽く抜いている。そんな中国が本気で台湾にテコ入れしたら、今の台湾は消えてしまうだろう。そうなることがあるのか、ないのか、それは私には分からない。けれど、生命力がいっぱいでデタラメな台南はそのままであってほしいと思う。

 世界にはこういう場所がきっといくつもあり、だけど時代の流れに逆らえず変わってゆく。きっと日本もそうだ。だから変わることを止めやしないが、21世紀の近代化(平均化ともいえる)の波に飲まれる前に、キューバにも行きたいな。

 とりあえずは台南。また行きたいねぇ、塩鯖。

 昨晩の晩ご飯。過発酵気味でイマイチだったフランスコッペパンブルスケッタ。皮をむいて賽の目切りにしたナスとトマトとニンニクをオリーブオイル(オリーブオイルで煮るぐらいたっぷり)で煮込んだものと、これ。

 これは耐熱容器に入れて、生バジル(後乗せにすればよかった)を飾りオーブンへ。仕上げにレモン汁を少し。これマジで美味い、パスタもご飯もパンもいけるだろうよ。アンチョビは塩分がなあって思ったけど、いい意味でアンチョビぐらいの満足度。

 写真? 撮ってねぇんだな。

頭痛の朝

 雨の日は好きなのに頭痛。雨の日はとてつもなく機嫌の悪かった母を思い出します。母は雨の日頭痛になる人だった(今もかな?)。
 そんな母から電話が。
 「太り過ぎていると聞いていますが」
 妹の悪意しか感じない。過ぎてない、1月から変わってないよ、体重。

 先月の肉の日、にくにくにくバーガーを食べてみた。

mos.jp

 サラダのケースに入っていた。できれば半分に、と伝えていたが「申し訳ございません……」ええ、大丈夫です、見たらわかりました。家でナイフとフォーク、ちぎりキャベツをつまみに食べた。モスだから肉は全部美味しい。パティはハンバーグ、焼肉は味が濃すぎたが、キャベツと共にであれば美味しい。ピリ辛にしたので辛い緑のやつ(頭痛のため思い出せません)もアクセントになって良かった。

 このバーガー、意外とカロリーが低い。600kcalないぐらいだ。二人で食べたから、比較的ヘルシーメニューになるのである。

 減塩生活しているけれど、時々ファストフードで一般の味を確認する。

 昨日は塩鯖の通院の日。腎臓の値が良くなっていた。減塩生活が効いているようだ。塩分が少ない食事にすると、酸味が特に美味しく感じられる。半田そうめんを茹でて、水出しした昆布とカツオ出汁に塩としょうゆで味を調えた冷たいお出汁をかけ、一人1個のスダチをスライスして盛り付ければ「スダチそうめん」のできあがり。

 やはり麺類の登場頻度は高い我が家であった。そうめんの季節だなあ。

 今日はちょっと遠くまでポスティングに行く予定。見事に一軒家が一軒ずつ点在している地区。雨の日のほうが車で移動しやすかろう。

 そっとリンクに追加したここ、凄く素敵な言葉のサイトです。主観がゼロになることは、人間である以上まずないだろう。けれど、ある種の人間にとっては、主観をキャッチしてそのまま言葉にすることって難しいんじゃないかって思う。採れたてピチピチの感覚ってね、その時点では言葉ではないからね。鮮度なんて大した問題じゃないのかもしれない。正確であることを、ずいぶんと長い間求められてきたと思う。これも大事だ。だけど、今からの私は、正確さよりピチピチさを大事にしたい。

msyblog.hatenablog.com

我慢の逃げ人生

 おはようございます。100円モンステラを家に招き入れたときから、意識こそしないもののきっと夢だったモンステラまみれが実現した。水にぬれた葉、繁るモンステラ。私はたぶん、熱帯雨林気候の中に生きたいんだ。


 実際、よく分からん虫だらけでギャーギャー言うと思うけどね。

 でも猫空のロープウェイから見た圧倒的な緑(浸食されそうなほどの生命力)に感動したけれど。

 さて。

 タイトルはそのまま私の40年であろう。我慢だけが得意になった、否、そんなに卑下しなくていい。けれど、本当に我慢だけは誰にも負ける気がしない。しかし我慢にも種類がある。我慢の下に「なにくそ、負けるか。いつか見返してやる」という闘志がある場合と、「どうせ~~だから、今は静かにしておこう」という諦めがある場合がある。ほぼ100%後者で生きてきたように思う。そもそも、私の中における闘志の率が極めて低い。諦め選手権の耐久度は身に付いた、というのが正しいのか。

 なんでこんなことを書こうと思ったかというと、昨晩塩鯖の石ころ1000本ノックに参加したのだ。ノックを受けるんじゃない、ノックを出す側として。同じところばかりに投げたらダメという、極めてシンプルでゲロ吐きたいぐらいの代物である。

cimacox.hatenablog.com

 まずここで一度イヤイヤモードね。ノックイヤイヤ。

 イヤイヤしながらも塩鯖の根気と熱意に負けて、ノックを繰り出し始めたのは1.5時間後。塩鯖、沸騰しかけたんじゃないかと思う。1.5時間もイヤイヤと駄々をこねる暇があるならさっさとしろよ、そしたら早く終わるのに、というのは何度となく自分も言った記憶があるし、気づいた記憶もあるし、言われた記憶もある。

 私は受け身の人生を送ってきた、と思う。だから発することが苦手だ。ただ単にそれなだけ。経験値が浅いからやりたくない。やれなかったらバカにされそうとか、ダメだって言われそうとか、とりあえずやってから言えって思うよね。一晩明けた私はそう思うけど、一晩前の私はイヤイヤ言いたかったみたい。この辺が「甘い」と言われる所以だ。

 できることだけ、できるようにやってきた。なんという綱渡り。だから道は狭くて険しくなるのは当然だった。昔「ラッキーだけで生きやがって」と言われたことがある。それほどラッキーでもなかったと思ったけれど、見ようによってはラッキーだったんだな。だって逃げ切れない人だってたくさんいると思うしね。

 もし、今の自分の、ありのままが受け容れられて、私の魔法の仕事が上手くいったとしよう。間違いなく罪悪感と虚しさに包まれる。そんな気がする。それを回避するために、違うな、それを突破するために、やり始めたところなのです。

(おそらく数日凹みます。浮上するのに時間がかかります。けれど、落ち込んでも手と頭は動くので頑張る所存です)

 もう我慢しないぞ。全部受けて立ってやる。忘れないようね。

 安直な思考の逃げ道は、昔の私の武器だったのだろうと思う。子供のあいだはどうにもならないことの中で生きるようなものだから。でも、もうとっくに抜け出しているわけで、そんなことしなくていいんだ。けれど、人は努力したことに価値を持たせたいと願ってしまう。それは努力こそ報われてほしいからだ。

cimacox.hatenablog.com

 でもその「報われてほしい」はエゴ、自分だけの願いであって、外に求める種類のものではない。「私はこんな風に生きてきました(褒めて)」って、みんななんとかかんとか生きてきてるんだから一緒なんだよ。

 きっと生きてる人は、多かれ少なかれこういう経験があるのだと思う。「安直な思考の逃げ道」っていうと分からないだけで、例えば、やりたくないことをやらない理由づけとか、やりたいことをやらない理由づけもそう。どうやったら全部やれるかなって、貪欲に向き合うタイプであれば、きっと理由づけなんていらないのかもしれない。けれど、少なくとも私は動くにも、動かないにも、理由づけが必要だった。

 なぜ必要だったのか、正確なところは忘れてしまった。けれど、おそらく言い訳からスタートしたんだと思う。宿題しない言い訳(こねくり回してもやらされたけど)、ミニバス行かない言い訳(行きたくないの一点だけど)。

 一概に「理由づけ=言い訳」と切り捨てることはないし、こんな及び腰の姿勢からでも、学んだことは多いと思う。だからそれを「なんてヘタレなんだ、そんな自分は捨ててしまえよ」とは言わない。ただ、この癖は直さないといけない。何に対しても及び腰の屁理屈で向き合うことは、我慢の逃げ人生そのものだからだ。

 今日これ書いたでしょ。たぶん本当の意味で「あああ!」ってなるのは数日後だよ、私の場合。ゆっくりさんだ。いいんだ、ゆっくりさんで。