真贋

真贋

真贋


 随分前に手に入れていたんだけど、少しずつ読んでたら随分時間が経過していたわ。帯は娘が書いている。この親子はかなり不思議だ。すごく仲が良くて親子であるのに、どこかきっちり線を引いているの。それは親子対談でも思うことだけど。

 吉本隆明さんは尊敬する人だ。尊敬する人だからといって彼が言うこと全てに頷けるわけじゃない。それでもこの人の発言は説得力がある。ひきこもれを読んだときも感じたことだが、物事を突き詰めた末の対極の同一化を善悪ではなく説いているのだと思う。

 物事には必ず良い側面と悪い側面がある。それはどれだけくだらない義務教育であろうと、一応道徳で習うことだ。しかし習うだけでは意味がない。体感しないと全く意味なんてないんだ、とわたしは思っている。「善悪二元論の限界」で彼はとくとくとそれを言っている。自身についても「毒」があることを自覚している。そして体感したことを語ってくれている。わたしは経験してないけど、実になる。ここで親鸞についても出てくる。親鸞については別の本で読もうと思っている。

「批評眼について」もものすごく面白い。こうやって感想を記録として残していることは批評ではないと思っているけれど、インターネットが当たり前になってかなり多くの人が映画や小説やアニメの感想を書いている。書いている本人は感想のつもりでも読む人は批評と取るかも知れない。その危険を改めて意識しなきゃと思った。

「本物と贋物」は相当に面白かった。というのも、村上春樹村上龍のことを少しずつ書いてあるのだけど、ほぼ同じ意見です。龍は材料がよければ突出したものを書くんだけど、尻が軽いからなぁ。でも天才であることに違いはない。春樹の小説について「調和性を保とうと心がけているように感じられます」と端的に書いてある。こんなシンプルな言葉で、なんて鋭く的確な。

 教育についてや母親と子供の関係、政治問題や世界について、めまぐるしいスピードの今取り残され淀みが出てきている人類についてまで、彼の思想は止まらない。単に知識があるからできることじゃない。頭を使って、身体でも知っているからできることだ。時代の進み方が人の進歩の速度より早くなって、マルクスが想像もできなかった時代となって、今わたしがしなければならないことはなんだろうか。

 答えは決まっている。ちゃんと、全部丁寧に考えて答えていくことだ。