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はれひめと紅まどんな、と、病院でダヴィンチ

 実家から強奪したはれひめと紅まどんな、美味しく食べています。というか、ずっと食べてるような気がする。ダイエットなんてどこ吹く風になっている今日この頃。こんばんは。

 なにがどうしてこんなに忙しいのかわかりません。困ったことは、仕事中はヒマだってこと。いや、仕事がないわけじゃないんです。クリック地獄なだけです。そして不慣れすぎる英語を読むことになってしまって、Google先生に助けてもらってばっかりです。でもニュアンスで使われてる単語なんてさっぱりだわ。

 年の瀬です。年の瀬です、もうクリスマスです。明日は会社の忘年会、日曜日は塩鯖も休みだからきっとガンダム日和(ファーストガンダム、ようやく見終わりました)、来週が終われば正月休み。やらねばならないことは、なんだっけか? タスクリストでも作らないと2015年に置いてっちゃいそうなものばかりです。とても幸福だと感じるのは、やらねばならないことよりやりたいだけのことのほうが多いこと。

 そうよ、この話題書こうと思っていたのよ。塩鯖の病院についてったとき、読むものなくてダヴィンチを久々に読んだのです。2015年の本の総決算的な見出しにつられたのよね。そして最近(というか、ここ何年も)新しい作家さんを読もうという気持ちにならないので、こういう本でも読めば読みたくなるかなと思って。

 結果としては、何事も好意的に受け止めようとしている自分に疲れたんだな、オレ、ってことです。嫌いなものは嫌いだし、好きなものはとてつもなく大好きだし、どれだけポジティブな文句を並べられても、逆にネガティブな文句を(略)だとしても、好きと嫌いは変わらない。自己啓発本は嫌いだし、タイトルばかりが突き刺さる、読み終わった後に感想も残らないほどの自己完結な物語は好きになれない。

 方や、好きなものはどうにも好きで、誰が何と言おうと、話題に上らなかろうと、結局好きだ。年齢とともに好きが増えなくなったのが軽くショックなぐらいで、差しさわりはまるでない。

 特にこういう雑誌が「これいいから読めよ!」と勧めていないのもわかってるけれど、なんだか今回は強くそう感じた。というか、読みたくなるような書評がないんだな……。「こうご期待!(って今は言わんか)」とか「あなたは体感する」とか、全然読む気が起きないね。ネタバレを強く拒み過ぎて作品の良さがまるで伝わらない感じ。プロットとかどうでもいいんだ実際。新しさもどっちでもいいんだ。その行間から立ち上ってくるものがわずかでも香ってこないと、その書評は批評でしかないような気がする。どんなにいいことばかり書いていてもね、その文章まるっとほかの同じジャンルの本に使えそうだよね、とかね。

 わたし、どんどん性格悪くなっていってるんですかね。いいけどさ。

 谷崎の細雪をのんびり読もうと思ったんだけど、まるっきり進まない。梨木さんも沼地は終えたが冬虫夏草が進まない。春樹も又吉もするっと読めたのに、なぜかしらねえ。よく聞く「時間がない」ってやつかなあ。

 と、殴り書いて終わり。ダヴィンチ自体は昔とあまり変わらず、時々読むには面白いですよ。あえて流行りに乗ってない印象を強く受けた1月号でした。