生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

早起きの塩鯖である

 おはようございます。塩鯖、病院生活で健康になり過ぎて5時に電気をつけるの巻。3週間も病院生活するとそうなるね。今朝はサンドイッチを作りました。

 昨日は予告通り、塩鯖を退院させ、帰宅させ、出社させました。うちから彼の本社までは車+高速道路で40分の道のりなので、運転させるのはちょっとね。というわけで、私はマクドナルドで桜もち一号を広げてお仕事をしていたわけです。3時間でカフェオレ2杯、お腹いっぱい。

 桜もちのケースはtomtocにした。やはり餅は餅屋、PCケースを作っているところのものは包容力が違う。桜もち一号を優しく温かく、そして確実に包み込んでくれる(中がしっかり固めのもふもふです)。

 最初はぐるりとファスナーが開くタイプがいいなと思っていたが、落下の可能性がぬぐえない。このケースは横が開くだけ。そしてかさばりがちなコードやマウスはポッケに入れられ、入れた後でもポッケがそれほど膨らまない。そしてなによりいいのはこの柄だ。ネイティブアメリカンっぽい、よくよく見たらどの人物も全然可愛くないのだけど、総合すると可愛いっていうのがいい。しかもこの色なら多少汚れても気にならないしね。私の今までの経験上、可愛いとか好みばかりを詰め込んでも、飽きるのが早いだけという結果が出ているのだ。

 このケースはとても良い買い物だった。DELLの14インチノートパソコンにジャストフィットです。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

 この本は何度となく読み返している。初めて読んだのはいつかなあ、こっち読んだ後ぐらい?

なるほどの対話 (新潮文庫)

なるほどの対話 (新潮文庫)

 とにかく河合隼雄さんの対談本に書かれていることは、読んだその瞬間はすごく分かった気がするけど、熟成させて再度読むと絶対に「あれ、ここそんなに深いこと言ってたんだ」っていうのがある。

 人間なんて簡単なものだと言ってしまえばそう、その通りなんだ。理屈が人間を難しくしているのだ。

 今回読み直したことで、当時の村上春樹ねじまき鳥クロニクルあたり)がどのように小説と向き合い、物語を紡いでいったのかはよく分かる。だけども、もうかれこれと年数が経過してしまった。理解にこれほど時間がかかるのか、とも思うが、そもそも優劣の話ではないから、他者のそれを理解するのには膨大な時間が必要ということだ。

 気が合う友達がいて、趣味や好みがとても似ていたとしても、その二人は完全な一致ではないということ。双子ちゃんならほど近いものだろうし、姉妹ならばベースは一緒ということもあるだろう。だけど、一緒の人間がすごくすごく少ないから、人間の社会は成り立っているのだ。

 今の世界はどうなのかなって思う。コミットメント(関わり)とノンアタッチメントの時代は終わり(もうやる人がいないというわけではなくて、そこがピックアップされる時代は終わったということ)デタッチメントからいかに己の世界を築き上げるかが焦点かなと思う。だから結局広い世界とのコミットメントになるだと思うんだけどね。

デタッチメント(Detachment)とは、 ノンアタッチメント(non-attachment)ともされ、ヒトが世界における物事、人物、価値観などへの愛着欲求を克服し、それによってより高い視点を獲得するという概念である。

 間違いを選びたくない病の人がいる。こういう人はとても慎重だし、賢く見える。だけれども、間違いを引いたところで死ぬわけじゃなし、生きてる時間は少ないんだよといっても持てあますことは往々にしてあるんだし、じゃあ多少間違えたほうが経験増えるからいいじゃんって思う。なにより、間違えないと「あ、これ自分には合わんかった」というのが、分からないのだから。

 特に男女の相性って肉体関係だけじゃないし、かといってプラトニックだけでもない。なにかひとつで、あるいはあらゆることを含めて、満点を取らねば「最高の相性(より良いパートナーシップ)」にならないと思って、最高の相手を探そうとすると、だいたいロンリーな結果になるんじゃないかと思う。今この現在の世界のどこかに、たった一人の運命の人がいるとしたら、それはなんて悲劇だと思う。最高の相手というのは、そういう唯一を探すのではなくて、お互いが寄り添い時間を過ごすことで「最高の相手」になってゆくことなのだと思う。

 村上春樹河合隼雄の対談では「井戸掘り」と表れている。肉体の繋がりを過ぎて、夫婦二人で「井戸を掘る」ことが大切だろうって。この「井戸掘り」を避ける人ほど、何度も結婚したり、結婚に至らなかったりするんだろうと思う。井戸掘りをしない、という選択もあるが、それ相応の忍耐力と根性が必要になる。それは片方だけが備えていたらいいものではない、ということを知るのが結婚だと私は思う。

 たとえ心理学の専門家であっても、必ずしも夫婦関係が成功しているとは限らない。なぜなら、夫婦関係はプライベートな側面であって、ビジネスではないからだ。仕事ならばできるけど、家に帰ったらやんないよっていう人は多い。

 一人で荷物を持つのは大変だけど簡単だ。コツさえつかめば重いものも一人で持てる。だけど、二人で持つのってどうだろう? 楽になるけど足並みをそろえないと運べない。相性ってそういうこと。例え最初(出会った瞬間)が最高にフィットしていても、生きていくうちに離れていくことだってあるんだ。だから私はあんまり相性をあてにしない。