生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家一年目~

こけた

 こんにちは、今日は雨。今年愛用していた夏草履はそこがつるつるで、雨の日は良く滑る。ということで、滑ってこけた。膝強打、痛い。

 昨日は岡山の吉備津神社に行ってきた。吉備津の釜の吉凶占いもやってきた。なんとも不思議で楽しい経験だった。吉備津神社の釜は黒田官兵衛も来たことがあるそうで、それはそれは古いいわれがあるのだという。今の時代の私たちが何を驚愕するかって、そりゃその釜が今なお変わらずそこにあることだよね。

命は捕らえた温羅の首をはねて曝しましたが、不思議なことに温羅は大声をあげ唸り響いて止むこと がありませんでした。そこで困った命は家来に命じて犬に喰わせて髑髏にしても唸り声は止まず、ついには当社のお釜殿の釜の下に埋めてしまいましたが、それ でも唸り声は止むことなく近郊の村々に鳴り響きました。命は困り果てていた時、夢枕に温羅の霊が現れて

『吾が妻、阿曽郷の祝の娘阿曽媛をしてミコトの釜殿の御饌を炊がめよ。もし世の中に事あれば竃の前に参り給はば幸有れば裕に鳴り禍有れば荒らかに 鳴ろう。ミコトは世を捨てて後は霊神と現れ給え。われは一の使者となって四民に賞罰を加えん』

とお告げになりました。命はそのお告げの通りにすると、唸り声も治まり平和が訪れました。これが鳴釜神事の起源であり現在も随時ご奉仕しております。

 温羅とは吉備津に伝わる鬼のこと、桃太郎伝説の土地。釜が鳴ったら吉、鳴らなかったら凶というシンプルなもの。私はとても大きな、飛行機の離陸音みたいな音が難段階にも分かれて聞こえてきたけれど、鳴らないときは鳴らないし、鳴っていても聞こえないということもあるのだそう。

 祈祷と吉凶占いはセットです(というか、おまけ?)。






 そういうわけで吉備津神社のお札を頂いたので、さっそく壁にウォールラックを付けて簡易神棚にした。水・酒・榊・塩などなどは追々そろえる予定。神事ごとや仏具に関してはこだわりだすときりがないので粗相がない程度でいいんじゃないかと思う、ゆるい信仰心です。

 にしても、膝が痛い。否、もう痛くはない。ただびっくりしすぎただけだ。