生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~見習いみかん農家一年目~

博士と彼女のセオリー

博士と彼女のセオリー (字幕版)

博士と彼女のセオリー (字幕版)

  • 発売日: 2015/07/22
  • メディア: Prime Video

 忘れないうちに書いておこう。でも忘れたらまた見たらいいかなとも思う。何度でも見られると思う。あまりにも素敵な映画だから。

 この映画はホーキング博士の自伝映画。スティーヴン・ホーキング博士と言えば、宇宙の誕生の説を説いた人だ(本当かしら、違ってたら教えてください)。私はあんまり賢くないし、難しい言葉で説明されたらまず分からんのだけども、ホーキング博士の宇宙理論がなければきっと今ほどSFや宇宙や哲学に興味を持たなかったんじゃないかと思う。あんまり知らないんだけど。

 この映画を見てまず思ったのは、彼はいつでも「存在している現実」を見ていたから、豊かに暮らすことができたということ。彼ほど頭がよくて、彼ほど体が思い通りに動かない人はこの地球上にいないのではないかと思うほど、彼はあらゆる意味で特別な人だ。だけど決して孤独ではなかった。そう、彼ほど唯一無二の存在はない。それなのに、孤独ではなかったんだ。

 私たちはけっこう簡単に「どうせ私の気持ちなど誰にも分からない」と思っていじける。よくよく考えれば当たり前だ。私の心のことなんざ、私しか知るわけがない。だからそんな風にいじけて孤独だと思うこと自体がかなりナンセンスだ。だけどナンセンスの落とし穴にはまることなんてよくある。

 同じ状況にならなければ私の気持ちなんてわかるわけがない、と思うのは、かなり身勝手で、それこそ孤独の落とし穴から出たくないと叫んでいるようなもの。それでいて「私は孤独だ。かわいそうだ」と嘆いているようなもの。それなのに、どうして人はそんな風に短絡的に孤独を引き寄せてしまうのだろうか。

 ホーキング博士は一度としてそんなことを言わなかった。病気が分かった時でさえ、恋人の言葉を信じて生きた。余命は2年と言われながらも長生きした。きっと、毎日毎日、繰り返される日々のすべてで「今が最後かもしれない」と思っただろうと想像する。でも恐れなかった。いや、恐れたのかもしれない。だけど恐れて行動しないことはなかったようだ。本当に、心から尊敬する。

 そして恋人であり最初の妻であったジェーン・ワイルド。彼女の献身的、かつ最高の理解者であろうとした姿勢は本当に素晴らしい。きっと、ホーキング博士にとって生涯にわたるよき理解者であったと思う。だけどどうしようもないことは、起こりうることなんだ。それはホーキング博士とジェーンだからだけじゃなく、私たちにもきっと。

 彼女の恋人であり、のちの夫であるジョナサンも素敵な人だった。なにより、彼とホーキング博士が教会でビールを飲むシーンが良すぎて、二人ともに惚れてしまった。

 映画の最後に、ホーキング博士が「見ろよ 我々が創り上げてきたものを」と言う。離婚し、彼女も彼も別の人と結婚し、もう二人は夫婦ではない状況で。この台詞がとても心に響いて涙腺が崩壊。すごいね、物理学者だからかな。「存在している現実」をどう受け取るかはその人の心の豊かや、広さや深ささが表すんだろう。そしてその心の豊かさ、広さ、深さは、いくらでも自分の思い通りに拡大させることができるんだと思う。理論上の宇宙のように。


id:t_kato さんに教えてもらったのだけど、この映画の現代は「The Theory of Everything(万物のセオリー)」だそうだ。確かに、彼と彼女だけに当てはまることではない。誰もに当てはまる、誰もが幸せな生涯を送るための、そして誰もが実践できる、とても幸せな生きた哲学だった。