生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

生きるとは自分の物語を創ること

日々のじだんだ ~世界に狂った色彩を~

もうここにはない道

kato.hatenadiary.com

「分かたれた道の先」とか、よくわからないことを考えてしまうのだ。

 朝っぱらからid:t_katoさんのブログを読んで「分かるねえ」と思っていた私です。おはようございます。こたつにノートパソコンの季節がやってまいりました。最高過ぎて動きたくない。

 最近はもうほとんど考えませんが、昔はよく考えていました。あの時選ばなかった選択肢を選んでいたら、今私はどこにいたのだろうか。そんなこと考えるだけ無駄なのは重々承知の助ですが、考えずにはいられないほど「今ここにいる自分は自分じゃない感」があったんだと思います。誰かのせいにしたかったんだよ、そういう気持ちを、思い通りでない人生を。

 でもね、なにがしかの人生の節目っていうものは、自分が何を選んできたかという結果に過ぎないんですよね。誰かにそうさせられたわけでもなく、誰かに押し付けられたわけでもない。100歩譲って押し付けられたとしても、断ることはできたはずなのに、断らなかっただけのことなんです。だから本当に、全部自分が望んで選んだものなんです。

 というとね、諦めが肝心なのねと誤解する人も多いけど、悔いてることがあるなら、悔いてりゃいいと思うんです。ただ、悔い続けるのはきっと今まで通りのことだから、変えたいな、変えようかなと思うならば、なぜ悔いているのかその理由を探すべきだと思います。なんで後悔してんのよ、本当はどうしたかったのよ、と。

 たぶん一番認めたくないものが出てくると思う。そう、私なら「子供が欲しかった」とかね。

 でもいないもんはしょうがないし、子供がいない人生だからこそ得られたことがある。そう、叶えなかったからこそ得たものに気づくことができたら、後悔は終わると思うんですよ。でね、そういう心境って「諦め」とか「開き直り」とはちょっと違うと思いませんか? 違うんですよ、諦めても開き直っても後悔なんて消えやしない。後悔を昇華する方法は、それを叶えるか、叶わない今だからこそ得たものを受け取るかです。

 でもね、それでも時々やたらとリリカル*1モードになることがあります。平常運転していた心が突如リリカルという穴に落ちるみたいな。その落差が、一瞬にして絶望したときと同じ感じがして、でも絶望とは違って落ち込んだりはしないから逆に言いえぬ気持ちになって、私の場合は「ああ、おうちに帰りたいな」と思うんです。

 それが良いとか悪いとかはないんですけど、びっくりするんですよね、毎回。そんで、うちに帰って食事の支度をして、夫が帰ってきて家がにぎやかになると、とんでもなく幸せな気持ちになります。

 こういう複雑な心境を日々感じられるようになった自分が大人になったなあと思うと同時に、日々はとっても愛おしくて大事だなあと思うんです。

*1:感情や気持ちなどが、じんわりと外に現れるような雰囲気や文章などを表す言葉

もっと毎日の暮らしを楽しむために

 私は人生って毎日の暮らしの積み重ねだと思っている。だから毎日の暮らしが楽しければ、けっこう不満って少ないんじゃないかなって思う。

 本当はもっと、人は人生を楽しんでもいいと思ってるし、やりたいことをやってもいいと思っているし、堂々と生きていいと思っている。だけどそれができない人は、多かれ少なかれなにがしかの「罪悪感」を持っていたり、自信がなかったり、目的を必要とする人だったりする。

 ぶっちゃけ目的なんて動いてたら見つかるものだと思うので、動かないと見つけられない。ならば動こうよと誘っても、自信のなさから動けない。そうしたひとり相撲で苦しんでいる人がいるならば、私は手助けぐらいならできるかもしれないと思う。

 インターネットもIT機器も、使いこなせば楽しいおもちゃだ。アート活動だって作家活動だってなんだってできる。エラーメッセージに怯えることなく、パスワードが覚えられない自分にくじけることなく、なんだってやってみればいいんだと思う。

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 久々にボンビーガール見たけど、いずみお嬢様すごいねえ。あれを見て100均のすのこで何でも作る人が増えたんだろうなーなんて勝手に想像した。確かにできるだろうけど、強度的に問題がありそうで私は賛成しないけど。正直いずみお嬢様のスキルがいかほどかが分かるほど、私はDIYの知識も経験もないが、プロの後ろ盾がある素人と、ただの素人は全然違うことだけは分かる。

共感って大事だなあと思った話

 私、独り暮らしのころは朝風呂だったんですよね。なんでかって、夜はめんどくさくなっちゃうから。きちゃないままでいいと思ってパジャマに着替えて寝てました。でも一度夜に風呂に入ると、あらなにこれスッキリ気持ちいい! としばらくは夜風呂(しかも帰宅早々の早風呂)がクセになってました。

 昨日と今日のブログの更新頻度そんな感じ。

 さて、つい最近モヤっとしたこと。

 今のアルバイト先なんですが、たぶん私ある一人から少なくとも好かれてないようで、あまり上手にコミュニケーションが取れません。なので土日要員のはずなんですが、出勤しても2時間ほど(朝掃除の40分も含まれる)で帰宅してたんです。まぁ、生活費のために働いているわけではないので、2時間で上がってもいいのだけど、そもそも土日要員のはずだし、なんかこう違うみたいな気がしてならないと思っていました。

 そもそも出勤日が少ないので賞味30日出勤したかどうかぐらいのもんですが、件の土日の今までのパターンは一通りの準備のような作業が終わると「私できるんで、帰っていいです」と言われて帰るパターンでした。なにこれ斬新。私何かいけなかったかしらと思いつつ、翌週「これはこうしていいですか?」と質問したら「分からないなら帰っていいんで」。なにこれ新時代? ちょっと動揺してしまう感じ分かりますか。

 でね、それはもう先輩と上司に相談済みです。近々改善されると思われます。改善されなくても(今の)私は図太いんで大丈夫です。

 この絶妙なモヤモヤに「そうね、そりゃしんどいよね」と言ってほしくて友達に愚痴ったら「それってフツーじゃない? 最近は仕事を教えるのは仕事じゃないって思う人多いよ」と一蹴されてしまい、さらにモクモクしたんですよね。フツーか? オレがフツーじゃないのか?

 散々モクモクして行きついた先は、共感されないって心が不憫になる、ということでした。でもこの時点でまだ自分が不憫でならないので、話が通じそうな人に話して「ふぅ」と一息ついたんだけども。ええ、妹ちゃんね(生きててくれてありがと、妹!)。

 塩鯖は男性だから、あまりにも他人に興味がないからか、「いいじゃんほっとけば」タイプなのでここで共感を得ようとするのはスリル満点。

※10年前の私なら「共感なんて何の問題解決もしない、クソだカスだ、ケッペップッ」と言ってただろうなと思う。野郎に囲まれ過ぎて男脳にでもなっていたのか、いや今現在はそれも通り越したって感じかな。問題は解決したい、けれどそれは喫緊の課題ではないんだよね。喫緊のテーマは「私めっちゃモヤってる」を分かってほしいということ。そのうえで問題解決に取り組まないと、モヤが残って便秘になって不機嫌な毎日を送ることになる、ってことだ。

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 フーテンの寅さんの子供時代がドラマになってて、毎週土曜日ついつい見てしまう。朝ドラ総決算みたいなキャスティングだけど、何もかもが素晴らしい。

 特に今週のはとらちゃんが生みの母に会うっていうシーンがあって、そこはもう不器用な母の気持ちと、後ろめたさと嬉しさと苦しさがまじったとらちゃんの気持ちが分かって、本当にもうなんていうかさ(号泣)。その後、とらちゃんが父に殴りかかろうとしたシーンなんて、「父を憎む以外できないよな、生みの母も憎みたくないし、育ての母は大好きだし、でも自分のせいで大好きな人に苦労させてるって思ってるから、それを父のせいにしたくって憎むしかないんだよな。とら、お前はとことんまっすぐで優しい子だよ(号泣)」と長い講釈をたれながらジーンとしたりしている。

 フーテンの寅さんは私が幼いころによくテレビで放送されていて、こんなもんジジババの見るもんだと思っていた私だけども、いくつか見るうちに寅さんの魅了されて「やばい、このままでは水戸黄門が面白いジジババと同じになっちまう」と思ったものだけど、いやいや、面白いもんなんだって。でもあの頃の寅さんはただただだらしないだけの人に見えていたんだけど、今思えばあれほど人に優しくなれるってことは、小さいころから人の気持ちばかり(悪い言い方をすれば顔色ばかり)見てきたから、人の気持ちが分かるってことなんだと思う。そう考えたら、山田 洋次すげえ!!! と心から思った。

 浅草行ったことないんだよね。一度ぐらい行ってみてえな。