生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

鞆の浦と仙酔島に行ったよ

 来年のカレンダーを作り続ける3日間、まだ終わりません、いろいろやってるから。

 そんな最中、親友と鞆の浦仙酔島に一泊二日の小旅行に行ったよ。


 鞆の浦とは、広島県の東の端、岡山県の西の端、広島在住の友と香川在住の私のほぼ中間地点となる場所。聞いたことはあったけど行ったことはなかったこの場所に、卒論で鞆の浦をテーマにした人と来るなんてねぇ。なにせ近場の一泊二日だから二人とも適当感満載でした。

 福山市内でランチして車で鞆の浦まで向かう予定だったので、福山市内の予約したランチに車でGO。だいたい1.5時間ぐらい。でも福山市内に慣れてなさ過ぎて、一通逆走してしまい、すれ違う人(逆走中なので命がけ)たちに「ここは一通ですよ!!」とバンバン叩かれた。叩かれても起こる気すら怒らないよね、悪いの私だからね。小柄なラパンちゃんは歩道を爆走して事なきを得ました(警察さんに見つからずに済んで良かった。けどホントすみませんでした)。

 ランチ食って鞆の浦に向かって、時間あるから車でぶらつくかと鞆の浦内に車で乗り付けると激烈道が狭い。何度も冷や冷やしながら10分ほどかけて元の場所に戻り、大人しく荷物を持って港に向かう。仙酔島鞆の浦の港から船で5分の場所。その船に、その怖い竜馬がおり、船を降りてしばらく歩いたらそんなビーチがあった、ということです。

 ここの目玉は江戸風呂という名のフィンランド式サウナ。まぁ、概ね温かいし、悪くはない。けれどすすだらけの筵(むしろ)だし、やたら暗くて見えないし、リラックスとはやや違う感じ。体内の塩分濃度と同じらしい塩風呂も楽しいのだけど、地味に紙で切った傷とか死ぬほど痛い。極めつけは「超エネルギーに溢れているお風呂!」という名の瀬戸内海である。まぁ、まだ入れる水温ではありましたよ。面白い経験ではあったがもう一度は行かないな。

 この島は基本的に無人島だそうで、夜は静かそのものだったに違いない。9時には寝た、二人して「近場だけど意外と疲れたな」とか言いつつ。

 朝起きて、散歩に行った。






 遊歩道があるので歩きやすい。小一時間ほど自然が作り出す岩肌を眺めながら歩く、そして朝飯を食う。ちょっとくつろぐ、旅立ちのとき。このように書くと非常に忙しそうだが、基本的にのんびりしている。意外と人が多かったがうるさくもなかったしね。






 本土に渡って鞆の浦ブラを楽しむ。尾道と似ているようで全然違う。尾道のそれは「本気出して家建てた」風だが、鞆の浦はそれほどではない。けれど細々と坂道があり、細道があり、楽しい。ここは昔、流通の拠点にもなっていたところなのだ。

 その後、昼飯を食い損ねて福山市内に戻り、遅めの昼飯を食って解散した。このとき15時ぐらい、ぶらぶら帰って16時半過ぎ。二人とも、非常に疲れていた。それもそのはずだ、午前中の時点で1万歩歩いてるんだから。けれど、久しぶりの友との旅行はとてもとても良いものだった。二人ともいい具合に大人にな田ったなあということを感じた。

 毎度遊びに行くたびに快く送り出してくれる塩鯖に感謝。なかなかできんよね、渋い顔する人もいるだろうね。でも「遊びなんだから楽しまなきゃね!」という塩鯖の精神は私にしっかり引き継がれた。

 次回の旅は来年の瀬戸内国際芸術祭になるだろう。西側の島なんかもあれば行ってみたいもんだ。

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昭和元禄落語心中を見ている

 うっかりすると一気見してしまうので、数話ずつ見ている。もちろんAmazonプライムで。NHKの実写は気が向いたら見る。

 とても良いストーリーだなあと思う。与太郎の苦悩も、八雲の苦悩も、みんな一度は感じたことがあるんじゃないかと思う。いや、八雲の名前の重さはないか、ないね、ないな。そんな大層な名前を背負ったことがないからな。でもなんか分かるんだ、特に若いころのコンプレックス、劣等感とか。

 毎晩の楽しみになっております。

 さて、北海道からジェラートが届いた。なぜだろう、北海道の乳が美味いのは。でっかい山があるところの乳ってなんで美味しいんだろう。でっかい山がないここ讃岐の国では、こんな乳に出会わない。けれどな、ハマチはこっちの方がうまいぞ、という意味の分からん田舎自慢。ちきしょう、北海道美味いよ。

 とにかく眠い日が続いている。野菜不足だろうか。じゃあ今日は野菜をたっぷり目に食べようか。といっても野菜が高い昨今、遠慮なく買えて使えるのはカット野菜。晩飯はごっちゃ煮にしよう。

 ん? 昭和元禄落語心中について熱く語らないんだねって? 語ろうと思ったら語れるけど、いまはちょっと時間が惜しい。やりたいことがたくさんあるっていいなあ(眠いんだけど)。

昭和元禄落語心中(1) (ITANコミックス)

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肉食と睡魔

 おはようございます。眠い。昨日からこればっかり。

 昨日は塩鯖が早く帰ってきたので、早々と焼肉に行った。最近の我らは湯豆腐とかかけそばとか、比較的ライトミールでできていたのでたまの贅沢、みたいな。でも一般家庭よりは外食が多いことは存じ上げております。大人二人暮らしだとそんなもんです。

 塩鯖は「贅沢ご飯」というと寿司か焼肉だ。子供のころからのすりこみだろう、私はグラタンを外で食べると超贅沢してる気持ちになる。でも作ればいいからほぼ食わないんだけど。そしてまず作らないんだけど(ホワイトシチュー率の方が高い)。

 で、焼肉を食った。塩鯖は昼飯を抜いて挑んだそうだが、私はしっかり昼飯を食ってたのでそれほど食えない。ずるいよな、塩鯖。そういう予定なら教えといておくれよ。

 そういうわけで焼肉を食ったら腹が痛い。最近こう言うことが多々ある。ググる過敏性腸症候群などお腹のトラブルがいくらでも出てくるが、たぶん早食いによるものだろう。早食いすぎて空気をがっつり食ってるから空気やらガスやらでお腹がポンポコリンになって痛いんだろうと思う。なので今日から、一口20噛みを実践しようと思っております、いきなりうどんなんだけど(うどんを噛むのは難しい)。

 それとは別に、眠い。どうしたものか、眠い。夏が終わった直後の疲労感、でも涼しくなってきたからいくらでも眠れちゃうのよ、っていう時に似ている。慢性的に眠いのは、スカッと寝たほうがいいのか、それとも「眠いという錯覚」と信じてごそごそしたらいいのか、迷う。

 まったくもって平和な休日であります。

なぜだろう、今私の周りは荒れている

 おはようございます。フェーン現象ってすごいね、フェーン怖いね。昨日は本当に暑かったよ、今日は涼しくいい感じ。起きて2時間だけどもう眠い。

 最近私の周りが荒れている。私は全然荒れていない。けれど周りが荒れると巻き込まれることもあるわけで、ちょっと引っ張られたり予定が狂ったりしている。だからかな、妙な疲労感(巻き込まれ事故に遭ってる人たちは眠れないほどだろうから、私のそれは大したことないんだけど)。

 動物愛護ボランティアの印象ってどんなんだろうなと思う。私はちょうど一年ぐらい前から参加しているのだけど、やっぱり「子犬子猫に囲まれていて」「多少毎日が祭りのように賑やか」であっても「基本的に命を救う活動をしている」のだから「みんないい人に違いない」と思っていた。この先入観に関して、大間違いだったとは思わない。多かれ少なかれ、全部当てはまる人たちが活動していると思う。

 業界の常識は世間の非常識という言葉がある。私が長らく居座ったIT業界でもあるし、造船業界でもあったし(馴染む前に辞めたけれど)、魔法の仕事でもある。そして、ボランティアの世界にもあると私は感じている。

 荒れ狂う周りを見て思うのは、やはりどの業界にも「ああ、いるよねー、そういう人って」がいるのだ。業界によって人種が違うなんてことはなく、だいたい度の世界に行っても一定量の「いるよねー」がいて、「普通だよねー」がいて、「君たちすごいなー」がいる。この割合はきっと地球上の黄金比なのだ。

 今回の「いるよねー」はいわゆる「かまってちゃん」だ。かまってちゃんが叫んでいるうちは放っておいてもいいのだけど、誰かに害を及ぼし始めたらかなり面倒くさい。でも私は知っている。身体に爆弾巻き付けてきてやったぜって意気込むときそれはほぼ空砲であると。自爆する気ならわざわざ豪語しないだろう。

 全体的に、関係ないしってほうっておいてもいいんだろうけどね。自分の益のためというより、ここは力を惜しむところがじゃないかなと思って、珍しく首を突っ込むのです。明日の夜の会合、ファミレスで寝るかも。

 三国志を読んでいる。関羽が死に、張飛が死に、黄忠が死に、馬超が死に、そして趙雲が死んでしまった。諸葛亮老いてきている。終わってしまうのが寂しい。時の流れの無常さと、人を動かすものの強さを感じる。

台風のはずなんだが

 おはようございます。空は真っ青、雲もあまりなく、そして暑い。10月に気温30度って普通なのかな、とりあえず夏物はまだ出しっぱなしなのでノースリーブワンピースを着ている。それでも暑い。

 こんなに室温の高い日は、パンを焼くに限る。といっても最近塩鯖があんまりご飯を食べないので、もりもり作っても消費できないから、普段はあまり作らないチャパタというパンを作っている。膨らんでくれたら嬉しいのだが、過去の経験ではフォカッチャよりちょっと盛り上がってるぐらいのものになる。それでも、今宵の夕食のミートソース(ナス入り)と鯖缶にはしっくりくるパンになるだろう。

 突然だけどもスマホをiPhoneXにした。先日まで使っていたiPhone7がバキバキすぎて、塩鯖が見かねて買い替えてくれたのだった。iPhone8もあったけれど、中古品は値段の差がそれほどない。ならばいい方にしてしまえという思い切りの良さだ。毎度これには驚かされる。私ならば3か月ぐらい悩み抜く。

 iPhoneXだからといって違うことはままあるが、もうすっかり慣れてしまっている。インストールとかもそれほど苦労しない、というか全部のアプリを入れる必要はないのだ、ゴミみたいなものもたくさんあったし。必要を感じたときに追加すればいいかぐらいで、とりあえずはGoogleとの連携を済ませたらだいたいOKだった。楽ちんだねえ。※今回はバックアップ作って移植してっていうのをやってない。あれをやるとゴミも丸ごとやってくるからな。

 iPhoneXにしたらアニ文字で遊ぼうと思っていた。思ったより使える場所が少ないが、でも楽しい。あらゆる動画でこれが使えたらいいのにと思ったけれど、いろんな問題があろうから今は望まない。でも、攻殻機動隊のテレビシリーズのクライマックス、笑い男が目を盗むっていうやつはこれになるんだろうな、と思った。表情がダダ漏れだったらあんまり意味がないけどな。

 先日より、絵を描いたらどうだと頻繁に言われるようになった。自慢じゃないが、15歳ぐらいからまともに描いていない。子供のころはそれこそお上手だった方だが、褒められるから描いていたのか、描きたいから描いていたのかも覚えていない。たまの落書き程度じゃないものでもやってみるかと思って、手元にあったかもめのジョナサンを描いてみた。

 意外とかもめに見えて驚いたね、自分で描いておきながらね。まぁこれ写真見ながら描いたから、想像の何かとかじゃないのよ。

 私の友達のひこさんという人は、それこそ個性的な絵を描く。カラフルであふれんばかりの生命力があって、私は大好きだが塩鯖は気持ち悪がっていた。まぁそれも分かるんだ、でも絵って完全に好きとか嫌いだけでいいんじゃないかしらね。

 描くと楽しいな、でもあんまり描きたいものもないんだな。

今年は台風が多いね

 おはようございます。風もない、雨もしとしと。本当に台風が来ているのだろうか。まぁ、午後からすごいって聞いてるから……とはいえ、こんなに微々たる雨ならばポスティングに行けばよかった。

 さて、塩鯖が実家から三国志を持ってきたので読みふけっている。ようやく20巻で劉備曹操孫権がそろったところ。三国志三国志演義に挑戦しようとしたけれど、曹操はこんな人ですの時点でくじけた。

 長編小説でも短編小説でもくじけるものはくじける。概ね時代設定や文化になじみがないから、意味も分からないのに読み続けることが苦痛になるのだ。だから、どうしても読みたい時代小説はいちいち調べて納得してからスタートするわけで、こんな塩梅だから楽しく読めるのは江戸時代ものぐらいである(それも限られた作家)。

 中国の歴史に関しては、史記でも軽く勉強しているので楽しく読めている。横山先生に感謝しかない、ありがたい。

 三国志の時代は、殷の時代から考えても一時代に一人か二人ぐらいの逸材がじゃんじゃん出てきた時代なのかなと思う。いや、人材自体はいたけれど移動手段や文化的に出てこられるようになったのが三国志の時代なのかもしれない。いずれにせよ、逸材ばかりが集まっている時代だ。

 個人的には曹操さんが好きだが、三国志を読むと曹操とて最初から敏腕ではなかったことがうかがえる。有名無精の誰しもが辛酸を舐め、敗走したとがある。そんな中で、その雪辱を糧にできた人が国を作り上げていったわけだ。何て壮大なロマンなんだろうか。

 この歴史の中で、何度も何度も「古いやり方は淘汰される」と出てくる。根底には儒教の教えが流れていて、ことあるごとに天文学士たちは夜空を見上げている。血塗られた時代ともいえるだろうが、人が「当たり前の善きこと」を目指していた時代なのだなと感じる。

 じゃあこの時代に生まれますかと問われると非常に悩ましいところだけど。だって農民や商人にあんまり自由はないみたいだしね。私は学びたいときに学べる今の時代の日本の方が好きです。

 さて、これからの時間は警報ラッシュになるだろう。大人しく大量の焼きナスでも作ろう(冷凍用です)。

香川良いとこ悪いとこ

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 写真は観音寺市に住んでた頃の夕焼けです。おはようございます。日本のウユニ湖として仁尾の父母ヶ浜の名が有名になっているけれど、観音寺の有明浜も風がないとウユニります。夏から秋ぐらいの夕焼け干潮が最高っすよ。ちなみにここはグアム以上に遠浅なので泳いでも良し。

 塩鯖の血圧がびっくりする数値で、かつ夜中に頭痛が酷いと悶えたので寝不足です。一応病院に行ったんだけど、主治医曰く「200越えなければまぁ大丈夫、でも緑内障の心配があるから眼科に行ってきてね」とのことだったので、大人しく眼科にも行ってきたと。目の方は異常なし、ならばなぜ高血圧と頭痛で苦しんでいるんだろう彼は。

 何にでも原因があると信じ込むのは体に悪い気がする。なんでか分からないけどびっくり数値なのだと思えば楽になれるのかも。といっても、私は血液検査でもそれほど悪い結果が出たことがないので、実際のところ彼の気持ちは分からんのだけどもね。ちなみに血圧は180-120とかです。

 さて、某さんが香川に住むということで、なんと不思議な縁だろうかと思っている。どこかで何かが合えば、そうね瀬戸芸のマイナーな時期のマイナーな開催(例えば沙弥島とか、広島とか)でご一緒できたら楽しいなと思っている。

 私は香川に住んでまだ3年だか4年ぐらいのものだけど、香川県民よりうどんにうるさく、香川県民よりうどんについては「らしい」振舞いをしている自負がある(いや、香川県民よりはるかに暑苦しく鬱陶しく語る時点でまだまだ私も”にわか”です)。香川県民全部がそうだとは言わないが、香川県のうどん好きたちはみな「ま、うどんも好みだから」といって自分の一押しのお店はほとんど誰にも紹介せず、自分だけが行くものだ。その気持ちが痛いほどわかるようになってきたのが2年ほど前からだろうか。

 太くて硬いのが好きな人もいれば、細麺のもちもちが好きな人もいる。かつお優勢の出汁がお好みの人もいれば、いりこが香ってこそという人もいる。私の親友なんかはいりこは生臭くてという。やつも瀬戸内生まれの瀬戸内育ち(広島)なんだが、やっぱりここは文化の違いだろう。

 と、知った顔で語るけれどたかが2年や3年の讃岐人スキルだ。そもそもは伊予っ子、若干広島っ子、ほんの少し出雲っ子である。

 観音寺市に住み始めたころ、イングレスというゲームがスマホに有無を言わさず入ってきて(ネクサスだからだかなあ?)やってみようかと思ったのだけど、観音寺市はあまりにもスポットがなさ過ぎて、しかもゲームの趣旨がさっぱり分かんなくて断念したことがある。今思えばあっちもこっちもってできたのかもしれないが(白栄堂は絶対入れる。喫茶も最高なんだ、子連れママがいなければ)、分からなかったものは仕方ない。

setouchifinder.com

 いろんなところにちょこっとずつ住んできたが、概ね文句ばかり行ってきた。初めて住んだ広島は、今ほどクリーンではなかったし、出雲はなにもないと聞いていたが本当に何もなかったし、松山はなんか品がないところだし、イヤだイヤだと思っていた。けれどどこも離れてみるといいところがたくさんあったと思う。広島はやっぱりお好み焼きが美味いし綺麗な公園が多くて桜が綺麗だし、出雲は静かでお上品で茶の文化にほっこりするし、松山は、、、松山はなあ、手ごろな狭さが良かったんだが、道ができるたびに渋滞がひどくなるというおかしな状況なので微妙だが、まぁ住み慣れたまっちゃま(松山市)やけん言葉の壁(ニュアンスの壁)がないのがいいんやないの? 時々びっくりするほどおいしい老舗カフェがあって、あんまり流行ってないのが松山市

 では香川はどうかっていうと、麺好きの私にとってうどん天国の時点で文句がない。いや、それだといつも通りじゃんね。

 松山時代は高松出身の人たちと長く仕事をしていたので、県民性みたいな話はよくしていた。そこで出たのは「松山人は優柔不断でやり方が古い」である。確かに、お役所で働いていたのでお役所らしい「会議の場では決定しないけれど、喫煙所や休憩所では『もう~だと思ってるんだよね(でもさっさと決めたら悩んでないみたいだからもう数日寝かせててよ)』」ということが、頻繁に、実に頻繁に、実に実に頻繁に起こっていた。もちろん、喫煙所や休憩所で言うことなのでひっくり返ることもざらである。私のような平民は「良くも悪くも長いものに巻かれる体質(無駄な残業を有意義にできるタイプばっかり)だな」と思っていたけれど、高松人たちはこれを見ると「了解しました(さー、どうせ今日決まらないなら帰っちゃうぞー)」とさっさと定時退社していた。おお、都会っぽい合理性、素晴らしい、と思ったものだ。

 この見解は概ね間違っていない。高松人ほどドライである。けれど、西の方に行くともう少しウェットになってゆく。香川の最西といえば観音寺市だが、あそこでも四国の中央だ。四国の最西、八幡浜とか伊方まで行くとウェットを通り越して水浸し(おせっかいさと同情心溢れるのだが、決断力がまるでない)だが、適度に文化人の松山は一番面倒くさいのかもしれない、と思う(※ちなみに土佐方面に行くとおおらかを通り越して大雑把で、徳島方面に行くと妙にせこさと上から目線が目立つ)。

 私が住んでいる骨付鶏市は中讃地域と呼ばれており、適度な距離感、適度なドライさ、適度なおせっかいさんが売り(そして昔からうどん激戦区)なので、私は住むのにちょうどいいのだ。すっぴんでどこでも行けるしな。あ、スーパーに売ってる「スパイシーチキン(親鳥・かしわ等の表記)」は焼いたら骨付き鶏味になります。

 洗練されたものが一番多いのも香川県かなと思う。地域情報誌のクオリティがやたら高い。

ikunas.com
setouchistyle.jp
yousakana.jp

 頻繁に見かけるアンパンマン列車トロッコ号だが、グリーン扱いだそうだが窓がなく、けっこう普通のスピードで走ってるので怖い。
www.jr-eki.com

 瀬戸大橋はできるならば鈍行列車(瀬戸大橋線)で一度はわたってみるといい。料金も安く(430円)、のんびりと瀬戸大橋からの風景を眺められる。

 あえていえば、この近辺はタトゥーや入れ墨をした人が多いなあと思うかもしれない。コンビニの店員さんの指にタトゥーとかよくある話だ。おそらく夜の飲食店に行くともっといるのではなかろうか。なぜかは分からない、けれど率先して関わらなければ特に害もないし、生まれてずっとこの地域っていう友人が数人いれば、たいて誰かにたどり着くぐらいの狭さです。

一週間!?

 油断すると日記も書かない体たらくです。おはようございます。

 もうね、朝ドラの愚痴しか出ない。特にこの時間は(8時半ごろ)。なら見なきゃいいじゃんっていう話なんですが、習慣化されているので見てしまうのよ。呪わしい。

 今朝の放送を見つつふわっと感じたのは、あーこれは90年代後半のトレンディドラマなんだっていうこと。愛という名のもとにとか。人が死ななきゃ頑張れないのかと、あの頃のヤングな私は思っていた。実際身近な人が死んだとき、人が死んだら到底頑張れないさと思った。もうね、頑張るのがバカバカしい、なんだ神様って、世界って、愛って友情って、全部クソだクソ、ぐらいに思っていた(で、傍若無人な乱暴者に変身したわけだが)。

 それは私の感性なのでこのドラマに求めるのは筋違いだと分かっているが、白々しい気持ちになってしまうのは否めない。早く新しいドラマ始まれ。

 そうそう、90年代後半と言えば私は思春期真っ只中。山口智子さんが憧れの女性No1だった。ドラマで演じる溌溂とした女性像もそうだけど、彼女の生き方そのものが憧れだったね。今でもそう、フラメンコに狂ってるあたりもかっこいい。ご主人と仲良しなのも素敵だ。

 だけど今の時代、彼女のようなタイプの女性がリーダーシップを取ることは難しいのだろうと思う。というか、引っ張りたくないだろうねと思う。なんかいろいろ面倒だもんなって感じるから。本当に、女性は多様化しすぎてまとまりがない。そもそもまとまる必要なんてないのだろうけど、あっちもこっちも気を使っていたら自由な発言なんてできやしない(子供を作らないから生産性がないなんてことを言うのは「気を使えない」のではなくて「無神経」なんだと思うけど)。

 そもそも女性の方があらゆることに敏感だ。これがいいと推したら「じゃあこっちは悪いの?」とか言う。めんどくさい。でも自分もそう感じる時があるから思考回路は分かる。男性よりもはるかに集団に属する意識が強い女性だからこそ、敏感に、、というか神経質になりやすいのかもしれないなあ。自分の中に尖った「じゃあさ」が生まれたときは、それぐらい帰属意識をもってたんだなっていうことだろうね。

***

 魔法のお仕事を縮小することにしたら気持ちが楽になりすぎてびっくりする。そんなに負担だったのかい。でも、こっちを縮小するのなら別のこともやりたいよねーって気持ちもむくむくしている。いつだってそう、別もんになりたいのだ。

こけた

 こんにちは、今日は雨。今年愛用していた夏草履はそこがつるつるで、雨の日は良く滑る。ということで、滑ってこけた。膝強打、痛い。

 昨日は岡山の吉備津神社に行ってきた。吉備津の釜の吉凶占いもやってきた。なんとも不思議で楽しい経験だった。吉備津神社の釜は黒田官兵衛も来たことがあるそうで、それはそれは古いいわれがあるのだという。今の時代の私たちが何を驚愕するかって、そりゃその釜が今なお変わらずそこにあることだよね。

命は捕らえた温羅の首をはねて曝しましたが、不思議なことに温羅は大声をあげ唸り響いて止むこと がありませんでした。そこで困った命は家来に命じて犬に喰わせて髑髏にしても唸り声は止まず、ついには当社のお釜殿の釜の下に埋めてしまいましたが、それ でも唸り声は止むことなく近郊の村々に鳴り響きました。命は困り果てていた時、夢枕に温羅の霊が現れて

『吾が妻、阿曽郷の祝の娘阿曽媛をしてミコトの釜殿の御饌を炊がめよ。もし世の中に事あれば竃の前に参り給はば幸有れば裕に鳴り禍有れば荒らかに 鳴ろう。ミコトは世を捨てて後は霊神と現れ給え。われは一の使者となって四民に賞罰を加えん』

とお告げになりました。命はそのお告げの通りにすると、唸り声も治まり平和が訪れました。これが鳴釜神事の起源であり現在も随時ご奉仕しております。

 温羅とは吉備津に伝わる鬼のこと、桃太郎伝説の土地。釜が鳴ったら吉、鳴らなかったら凶というシンプルなもの。私はとても大きな、飛行機の離陸音みたいな音が難段階にも分かれて聞こえてきたけれど、鳴らないときは鳴らないし、鳴っていても聞こえないということもあるのだそう。

 祈祷と吉凶占いはセットです(というか、おまけ?)。






 そういうわけで吉備津神社のお札を頂いたので、さっそく壁にウォールラックを付けて簡易神棚にした。水・酒・榊・塩などなどは追々そろえる予定。神事ごとや仏具に関してはこだわりだすときりがないので粗相がない程度でいいんじゃないかと思う、ゆるい信仰心です。

 にしても、膝が痛い。否、もう痛くはない。ただびっくりしすぎただけだ。

大阪行ってきた

 おはようございます。大阪ね、大阪。大体通過点だよね。でも太陽の塔の内部公開は一度見ておきたいと思っているけども。子供ながらに「あれぐらいなら子供ができるぜ」と思ったけれど、大人になったらわかるね、桁が違うよ、格が違うよ、生命力が今なお感じられるよ、すげーなー。

taiyounotou-expo70.jp

 私は遠出が本当に嫌いで、すぐに家に帰りたくなる。昨日も香川の駅で電車を待ってる時点で帰りたかった。電車に乗ったら胃が痛くて、そのうち治まると思っていたけど全然で、結局家に帰るまで胃が痛かった。なんてこったい、昼飯も食えなかったよ。

 けれどそんなにしてまで会いたかったのは、ヒプノセラピストのタマさんだ。この人のセラピーがすごい、とかじゃない。前回もほぼ直感で「行くしかない!」と思っていったけど、想像以上の大きさに感動したんだ。今回はその存在のそばで日向ぼっこをしたくて行ったようなもの。もちろん得たこともあるので実践するけれど、なにより会って、ハグしてもらったものが大きい(私は基本的に塩鯖と甥っ子としかハグなんてしないんだけどな)。

 道中で、カモメのジョナサンを読んだ。なんだっけかなー、確かカモメがより速くより高く飛ぶ小説だったような気がするんだよなー、と思っていたけど、ちょっと違っていた。崇高なんだけど崇高じゃないというかね、うん、なんかこう解析しなくていいわこれ、必要と思ったら必要なところを読めばいい、だから手元に置いておくべき本なんだなって思った。人によってはこれが星の王子さまなんだろうけど、私あの本全然意味わかんなくてね。最強の一人遊びのプロみたいに思っちゃってダメなんだよね。

かもめのジョナサン 完成版 (新潮文庫)

かもめのジョナサン 完成版 (新潮文庫)

 感性は人それぞれだと重々分かっているのに、どうしても「ちょっと違う自分ダメかも」と思いがちだ。星の王子さまも分かんないし、無償の愛ってのも、なんで愛に無償を付けないといけないのか分かんないし、じゃあ有償の愛ならいいのかっていうとそれも全然違う、なんで有償だの無償だの言うのよもー、あんたバカー!? って思う。どっちでもいいことを、かっこよく言葉で言うとみんな「へー!!」って思うところはある。いちいちに、反応するのが面倒になってきた。

 システムエンジニアの20年間を思い出す。バリバリ働いてたよ、私。地球終わらないかなー、デスノートどこにあるんだろうーとか言いながら、結局私はデータを、システムを愛してた。人の役に立ちたいんじゃない、それらを大切に扱うことが結局人の役に立ってただけのことだった。ただ、データやシステムは人の役に立つためにあるわけで、人に愛されるためにある存在ではないから、あんまり分かってもらえなかっただけ、そしてそれでも何の支障もなかっただけだ。

 今はそうね、より理解されにくい場所にいるように思うけど(それは寂しいことかもしれないが、支障はないわけだ)、あのころのようなデータこそ目の前にはないけれど、世界はデータであふれている。なんだ私は大好きなものに囲まれてたんじゃないか、というのが今の気持ちだ。SF小説の角で頭打って昇天したみたいなこと言ってるけど、まぁかなりまともです。

www.1101.com

 これを読んで、洞窟いいね、洞窟暮らししたいね、リアルじゃない洞窟のね、と思った。リアル洞窟は恐怖ですから(でも見たい)。