吉本隆明「食」を語る

吉本隆明「食」を語る

吉本隆明「食」を語る


 インタビュアー宇田川悟さんは1947年生まれ。吉本隆明さんは1924生まれ。23歳も年の違う二人の、昔話から始まる。帯の通り「食に始まり、人生、文学思想にいたる」インタビュー。

 吉本隆明さんの幼いころから今までの食べることについてのインタビューだけど、食というより食のための仕事だったり、思想だったりで、あまり「食」にこだわってない感じ。140ページぐらいからようやく料理っぽいことが出てくるんだけど、それは家庭を持って子供に飯を食わせねばならん、嫁は身体が弱いから俺がやらねばならん、っていう生活から必然的に行ったことで。「料理は奥深くまでやっちゃうと本業がおろそかになるからいかんと思って手を抜いた」っていうぐらいなので、料理が好きっていう人ではないだなと思った。

 料理がうまい人は賢い人が多い、という考察は当たってると思う。一度に3つぐらいの事をやりながら同時に完成させるっていうのは手際がよくないと、そして分かってないとできないことだからな。その点では彼は自分の事を「不器用だからダメだね」みたいに言ってる。

 当然娘のばななやお姉さんの事も出てくるのだけど、ばななの処女作は「キッチン」だけど下のは台所なんて入ってきやしなかったよ、と軽く笑っている。本当なんだろうね、お姉さんは料理が好きで出来る人だって、ばなな本人も言ってるし、父隆明さんも言ってるし。家で一人料理ができる人がいたら、まぁ、任せきりになるよね。

 隆明さんは文学は頭、文芸は手だと仰っている。139ページ。文章修業の方法論。

 才能の問題でいえば、文学の便利なところは、誰でも十年書いていれば一人前になります。(中略)結局誰でもそうだって思うんですけど、いちばん初期っていうのは書いたものを他人に見せたくないんですよ。見せたくなくて、でも大事なんです。書いていること自体が非常に大事なことで、上手く書くかどうかはべつで、自分の一番大事な秘め事みたいな感情を書く。

 春樹も龍も一貫して「作家だから毎日書く」というのは言ってることで、本業なんだから確かに毎日続けることが大事なんだよな。継続は力なり。それは一般論としても事実としてもそうなんだ。

 わたしが作家の初期作品を重要だと思っているのは、同じ理由からだ。最初に出すものは絶対にその人の一番大事なところがどんなに隠そうとしても出てしまっていると思う。だから処女作を読む。

 現代の食についても双方危機感を持っていて、そのあたりも書かれているので納得なんだが、これはホント生き様そのものです。最終的になにが「美味い」って母さんが作ってくれた味にたどり着くわけで、そりゃもう仕方ないって思う。フランス料理は足し算で日本料理は引き算で、とか理屈はいろいろあっても、結局お母さんの味が一番なんだよな。やっぱちゃんとご飯作らなきゃなって思う。だって一番美味しいのがマクドのハンバーガーって言われたら、悲しいじゃん。

 というわけで、昼ごはんです。おでんの残りとサバの刺身です。採れたての魚なら刺身でも食えるんだよなぁ。では、昼飯いってきます。