ハードボイルド/ハードラック

ハードボイルド/ハードラック

ハードボイルド/ハードラック


 改めて読み直すと、白河夜船とアムリタを凝縮したような物語だったんだな、と思う。死人は出るし幽霊も出るし、夏に良いのではないか? 怖いなと思う部分はきっと人それぞれだろうけど。

 この本の感想は本当に書きにくいんだよなあ。実はこの本うちに2冊あってね、1冊は次女の持ち物だったんだ。うちら姉妹はなんでか同じ本を別々に違うタイミングで買うことが多くって、よくあることなんだけど、結局形見になっちゃってね。それもあってか、なんとも素直な感想が出てこないんだ。

*ハードボイルド
 後悔のない人生などない。摩訶不思議なことに出くわさない人生もない。とんでもなく図太い人がいて、とんでもなく不愉快な人もいて、とんでもなく繊細な人もいる。そして普通の人も。

 例えば理屈で片付かないようなヘンテコなことに巻き込まれたとしよう。それを一生引きずって「あれはなんだったんだろう?」と過ごすもよし、「まぁ、そういうこともあるよね」と過ごすもよしだ。確実なのは、夜は必ず明けて、朝が来る。

 妙に心に引っかかることや、その日に限って思い出してしまうこと、それを何かに紐つけたり、紐ついてしまったりすることはある。これをオカルトとか怪奇現象とか言ってしまうと、つまらないと思う。その人にしか分からない「しこり」がつつかれたとき、その人が抱えていた後悔を無条件に手放せることもあるだろう。これはそういう小さな奇跡の物語だ。再生でも、始まりでも、終わりでもない。ちょっと特別の日常の風景だ。

 偶然は偶然で、すべての偶然が必然だなんてことはない、とわたしは思う。ただ目の前で起こったそれを糧にできるかどうかはその人しだい、というところか。

*ハードラック
 家族の死というのは哀しいものだ。それが年寄りではなかったら、少々気が狂ってもおかしくないぐらい大事だ。そんな大事の最中の、なんというか、当たり前の家族の姿がそのまま書かれている。なにを持って死とするのか、どこの時点で「受け入れた」とするのか、それは家族によって違うものだと思う。

 この物語では姉がいきなり中途半端に生きた死体になる。そして本当に死ぬ。葬式もあげる。ある意味ではこの家族にとって死んでしまった姉は永遠に生きていることになるのかもしれない。ただ、老いることがないだけだ。

 死んでいくことを止められないはがゆさ、他人の気遣いの鬱陶しさ、家族同士でも行き違ってしまう、けれど喧嘩にもならないほど疲れきった様子は、痛々しいというより、荒涼としている。どうすることもできないことが、世の中にはあるのだ。

 そんな中でも主人公は恋をする。錯覚かもしれない。混乱かもしれない。でも、こういうことに出くわす可能性は誰にでもあり、もしないままに人生が終われたら、それはそれで幸せだと思う。