生きることは物語を作ること、をテーマに日々哲学するブログ

一斉に犬を離す日でもあったのだろうか

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 迷子が多くて混乱中、こんにちは。明日は朝から譲渡会です。常に言ってます「迷子がいなけりゃポスティング部なんて解散よ」って。

 そんなこんなで迷子札を探していたら、松江市で個人のボランティアさんが手作りしているサイトに巡り合った。これ素晴らしい。マジックテープって意外と取れない。取れないように付ければ取れない。なので作ろうかと思ったのだがこの不器用、まず不器用、驚くほど不器用。万が一私が作れたとしても、それをつけさせられる犬猫を思うと可哀そうになる。さてどうしたものか。

 時々だけど、保健所を目の敵にしている人たちに出会う。時々だけど、迷子ちゃんたちに「可哀そうに、保健所なんて怖いところに入れられて」と言ってる人がいるのを見る。いろいろ「ちょっと待ちなよ」と言いたくなるが、彼らの世界では「保健所=刑務所」並みの認識なんだろうと思う。確かに、監獄に見えなくもない。けれど、すべては迷子にならなきゃいい話なんだ。でも奴らは脱走する。悪意も他意もない、足があって自分で動けるんだから脱走の危機はいつだってあるんだ。じゃあいかにしておうちに帰れるかだ。

 いつだったか、保護した犬の首輪にぎりぎり読めるか読めないかぐらいの文字が書かれていたそうだ。それを見つけた保健所の職員さんは、可能性としてあり得るすべての数字を解読して電話しまくったそうだ。そして飼い主さんが見つかった。そういうこともあるのだ。迷子札、マイクロチップの威力すげえ。

 といっても、迷子札に否定的な人もいるだろうね。連絡先を書くこと自体が怖いとかね(悪用されるかも! とかね。逆にわざわざ犬捕まえて連絡先を入手してやろうウシシシシと思う人がどれほどいるか知らないけども)。でもやっぱり、あれば帰れる確率はぐんと上がる。我々も出動しなくて済む。ならば、配布したほうが世界のためだ。

 アニマルコミュニケーターとか、アニマルなんとかっていう人たち、時々聞いてくれないかなって思う。死んだペットと話せるなら、生きて収容されている子のおうちを聞くなんて朝飯前だろうに、って。

 と、ここまで考えて気が付いた。聞いてくれなんて言うことはほぼ嫌がらせだし、スピリチュアルななんとかに傾倒している人を見る普通の人の目ってこれかー!! って。

 なるほどね。”気”が云々っていうのを全然否定する気はない。実際、お腹が痛いとお腹押さえるし、頭痛いと頭さするし。でもそれ以上の効果を求めていない。できることがあるのなら、気でどうのこうのするんじゃなくてお前がやれよってことだね。

 よし、頑張ろう。現実で頑張ろう。

 今更ながら神との対話を読んでいます。聖☆おにいさんってよくできた漫画なんだなーって思います。